古典に学ぶ (59) 『枕草子』のおもしろさを読む(13)
─「清少納言のことばへの鋭敏な感覚③─
実川恵子
子どもの姿態を魅力的に描く清少納言は、本当に素晴らしいと思う。二つ三つ─昔は数え年でいうので、現代風にいえば満一歳前後の赤ちゃんをさすのであろう。はいはいもいわゆるお尻を高くして這う、つまり四つん這いの「高這(たかば)い」の時期で、ほしいものがあると、アッという間に対象のところまで這って行って、つかんだと思うともうエンコして振り回している、そんな時期である。好奇心も旺盛になってきてもう目が離せない。しかも赤ちゃんの興味というのは、大人の理解など及ばないところがあって、あれからこれへ、目まぐるしく変わり、何と、大人にとっては「つまらない」塵みたいなものに気をとられるのである。赤ちゃんの小さな、ふっくらした指でつまみあげた塵!。大人は思わず笑ってしまう。子どもの目の高さからものを見ると、日常世界が全く変わって見える、そんなことを清少納言は感じているのかもしれない。
また、昔の赤ちゃんの着物は、近い世の着物とは少々違うのかも知れないが、おねんねからはいはいの時期は、着物丈を長くしてある点は同じだろうと思う。着物丈が長ければ袖丈もつりあい上、長い。はいはいの邪魔にならないように、袂を背中に結んでいるけれど、胸ははだけているのであろう。はいはいからつかまり立ち、あんよ、という時期になると、長い裾は邪魔なので、吊り丈に揚げをとる。すると、袖が不釣り合いに大きく見える。
『源氏物語』三十七帖、「横笛」のはじめに、源氏が無心の幼い薫の姿に、我が老いを嘆ずる場面がある。「若君は、乳母のとに、寝たまへりける、起きて這ひ出でたまひて、御袖を引きまつはれたてまつりたまふさまいとうつくし。白き羅(うすもの)に唐(から)の小紋の紅梅の御衣(ぞ)の裾、いと長くしどけなげに引きやられて、御身はいとあらはにて背後(うしろ)のかぎりに着なしたまへるさまは、例のことなれど、いとらうたげに、白くそびやかに柳を削りて作りたらむやうなり」(若君は、乳母のところでお寝みになっておられたが、起きて這い出してこられて、殿のお袖を引っぱっておそばを離れ申そうとなさらぬご様子がまことにかわいく思われる。白い薄物に唐綾の小紋の紅梅の御衣の裾を、長々と無造作に引きずっていて、お腹はまる出しにして背中の方ばかりたくれた着方をしていらっしゃるさまは、幼子によくある姿であるが、いかにもかわいらしく、色白ですらりとしていて、柳を削ってこしらえたようである)とある。着物がはだけて、肩や背中、足などがむき出しになっているのである。現在の赤ちゃんは洋服スタイルなので、こういう場面は見られなくなってしまった。
この「うつくしきもの」章段の子どもたちは、まだ、人見知りをしない赤ちゃん、4、5歳の女の子、6、7歳の殿上童、そして学問をはじめたばかりの、変声期以前の男の子の愛らしさをそれぞれに描き分けて行く清少納言は、子ども好きの一面を持っていたらしいことが知られる。しかも、その筆法は、簡潔で、生き生きととらえられていて、実にみごとであると思われる。
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