コラム「はいかい漫遊漫歩」       松谷富彦
(140)ばさばさと股間につかふ扇かな   玩亭(丸谷才一)

 41歳のとき発表した長編小説『笹まくら』の河出文化賞受賞を皮切りに『年の残り』(芥川賞)、『たった一人の反乱』(谷崎賞)、評論『後鳥羽院』(読売文学賞)、『忠臣蔵とは何か』(野間文芸賞)、『樹影譚』(川端賞)、『輝く日の宮』(泉鏡花賞)と文学賞を総なめにした文化勲章作家、評論家の丸谷才一が87歳で逝ってから今年(2020年)で8年。

 ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』などの翻訳家、さらに随筆家としても多彩な活躍をした丸谷は、2冊の句集を遺した俳人でもあった。古希を迎えるに当り、〈 齢の数だけの句を拾って知友に配らうと思い立ち〉、選句を詩人の大岡信、装釘と絵を和田誠、編集を俳人の宗田安正が引き受け、宗田の務める立風書房から上梓した初句集『七十句』のあとがきで丸谷は書く。

 〈 中学生のころ、現代俳句に熱中した。3冊本の作者別アンソロジーがあって、これをくりかえし読んだ。特にいいと思ったのは楸邨と波郷。この好みはわれながら格好がついてゐると思ふ。高等学校では、先輩たちに連れられて句会に出てみたが、いまにして思へば現代俳句と古俳諧のあひだを右往左往して困ってゐたらしい。つまりこの困り方が楸邨と波郷に学んだものだったわけか。〉

 米寿の記念に出す計画だった第二句集『八十八句』は、没後に全集の附録として文芸春秋社から刊行。

 二つの句集は、玩亭(丸谷才一)、乙三(岡野弘彦)、櫂(長谷川櫂)の3人が巻いた五歌仙と歌人の岡野、俳人の長谷川による対談「丸谷さんと俳句」と合わせて2017年、『七十句 八十八句』(講談社文芸文庫)として刊行された。

 さて、ここで掲題句に話を移す。〈 神保町喫茶店所見 〉の前書付きで『七十七句』の「夏」の部にある1句である。同書の対談から引く。

 〈 岡野 僕は丸谷さんに生前に墓碑銘を書くことを頼まれたのですが、表が俳号の「玩亭墓」だけなんですよ。びっくりしました。ここまで丸谷さんは俳句に徹していたのかと。

 長谷川 丸谷さんは小説家としてと言うより、俳人あるいは歌仙の連衆の一人として最期をむかえたかったということだろうと思うんです。丸谷さんの本業はもちろん小説家ですが、小説という日本の近代文学の形式に対しては批判的なところがありました。自然主義が持ち込まれる前の日本の文学、特に西鶴や馬琴などの江戸文学に一種ヨーロッパ文学に通じるような市民性、明るさのようなものを感じていて、俳句は江戸文学の象徴であるというふうに多分捉えておられた。

 岡野 おっしゃる通りだと思います。お墓の裏には『七十句』から一句、「ばさばさと股間につかふ扇かな」を引いて、それを僕が書で書きました。〉
     (文中敬称略 次話に続く)

(141)俳号「玩亭」は石川淳(夷斎)の命名 

 丸谷才一の歌仙歴も半世紀に及ぶ。発端を『七十句 八十八句』の対談「丸谷さんと俳句」から引く。

 〈 長谷川 1970年、詩人の安東次男さんが大岡信さんと丸谷さんという、当時の若手の二人に歌仙を巻こうと声をかけて、歌仙の会が始まりました。安東さんの没後に岡野さんが入られ、大岡さんが体調を崩されて僕が入って、丸谷さんが亡くなって三浦雅士さんが加わり、今も月1回の頻度で続いています。

 岡野 そうですね。当時も今も、赤坂の「三平」という蕎麦屋が会場なので、「三平歌仙」と呼んでいます。

 長谷川 丸谷さん、岡野さんと僕の3人で5巻の歌仙を巻きましたが、丸谷さんは小説家、岡野さんは歌人、僕は俳句の人間なので、それぞれ句の風合いが微妙に違って面白いですね。

 岡野 共同制作というスタイルは、大岡さんの知り合いの外国の文学者たちも惹かれたそうです。〉

『七十句 八十八句』から歌仙「大河の水の巻」初折表6句を紹介する。

河馬あそぶ大河の水も温みけん

 趣向きそはん四月一日玩亭

春の山火をふく上を飛び越えて乙三

 あっといふ間にさめるよき 

月明と監視カメラのせいなりし

 猿のうのうと爺の芋畑

 〈長谷川 僕が初めて「三平歌仙」に参加したときの発句です。大岡さんの代りに出てこい、しかも捌きをやれという話で、恐る恐る出かけていきました。河馬が遊んでいる大河、ナイル川の水も温んだことだろうから、という句で、実は丸谷さんと岡野さんのことを河馬に見立てています。「三平」の水も温んでるみたいだから一緒に水浴びでもしましょうか、いう挨拶の句。〉

 丸谷が俳号の名付け親、作家の石川淳(夷斎)と詩人の大岡信(信)の3人で1986年に巻いた歌仙「夕紅葉の巻」から初折表6句。

夕もみぢからはじまりし宴かな玩亭

 水屋に通ふこほろぎのこゑ 

草ふかき野のはて遠く月落ちて夷斎

 森を背にする一の宮あり 

マンションを建てんとすれば古墳の地 

 太刀の銘にておこる論争

     (文中敬称略 次号に続く)