日本酒のこと  (23)                     安 原 敬 裕
「清酒酵母菌と酒母造り」

 9月号の麴米造りに続き、今回は清酒酵母菌と酒母造りを説明します。日本酒の造り方を知ったからといってお酒の味が良くなる訳ではありませんが、お酒ごとの香味の違い等の理解の一助になるとともに、何よりも造り手への感謝と敬意の念が湧いてきます。
 蒸し米は米麴の作用で糖化され、その糖化された米をアルコール発酵するのが酵母菌(イースト)の役目です。そして酒母造りとは酵母菌を増殖させる作業のことです。ワインやビールごとにそれに適した酵母菌があるように、日本酒には清酒酵母菌が使用されます。日本酒の香味の8割は酵母菌が決定づけると云っても過言ではなく、それだけに酒母造りは最も重要な工程であり、杜氏自らが手掛ける作業となっています。 
   酒母造りには生酛(きもと)、山廃酛(やまはいもと)と速醸酛(そくじょうもと)の3パターンがあり、現在は時間と労力が大幅に省略できる速醸酛が大半を占めています。この酒母造りの最初の工程は大量の乳酸菌を増殖させることにあります。それは、乳酸菌のもとでは清酒酵母菌以外の菌は生育できない、つまり酒造りの大敵である雑菌を除去できるからです。その次の工程は、乳酸菌のなかに清酒酵母菌と米麴、蒸し米、水を加えて酵母菌を大量に増殖させることです。この点は、次回に詳しく説明したいと思います。
 さて、日本酒造りで欠かせない清酒酵母菌についてですが、その存在が科学的に解明されたのは明治半ばのことでした。それ以前は、蒸し米を磨り潰す山卸(やまおろし)等の作業を行うと乳酸菌ができ、そのまま暫く待つと酒造りに適した菌が増殖することを経験則的に知っていたにすぎません。またその酵母菌も、蔵付き酵母と呼ばれる酒蔵に棲みついている天然酵母菌であり、品質面で大きなバラツキがありました。
 この清酒酵母菌の存在が科学的に認識され、その人工的な採取に成功したのは明治28年のことです。その後、東京滝ノ川に醸造試験所が設立され、清酒母菌を含め我が国の醸造技術は一気に改善向上していきました。そのお陰で、灘の「櫻政宗」や三原の「酔心」等で使用される優良な清酒酵母菌の純粋培養が可能となったのです。そして、特筆すべきはこれら優良な清酒酵母菌は我が国の酒造界の共有財産として特許権を設定せず、全ての酒蔵が自由に入手できる仕組みが出来上がったことです。これらの優良酵母菌には番号がふってあり第1号が「櫻政宗」、そして秋田の「新政」が6号、諏訪の「真澄」が7号、熊本の「香露」が9号等と、数多くの酵母菌が頒布されており、日本酒全体の品質の向上に大きく寄与してきました。
 この清酒酵母菌について、現在では国や都道府県の研究機関と酒蔵が連携してバイオ技術等を活用した熾烈な開発競争を繰り広げる等、新しい日本酒の可能性の追求に余念がありません。
百までは生きん燗酒熱うせよ山田春生