日本酒のこと (12)
燗酒 安原敬裕
燗酒が美味しい季節になりました。日本酒は常温、冷酒、燗酒と幅広い温度帯で楽しめる世界でも稀なお酒ですが、特に燗酒にすると魔法をかけたようにお酒の香味がプラスへプラスへと様変わりします。これはワインに比べ乳酸やアミノ酸等を多く含む日本酒は、温めることによりお米の持つ上品で柔らかな甘味分が膨らむ一方で、渋みや雑味分が抑えられるからです。
燗酒でお馴染みなのが「人肌燗」(35度C)、「ぬる燗」(40度C)、「上燗」(45度C)、「熱燗」(50度C)ですが、これ以外にも「日向燗」(30度C)と「飛び切り燗」(60度C以上)があります。どの温度帯で飲むかは個人の嗜好の問題ではありますが、基本的にはお酒を飲む季節と日本酒の種類で決めるケースが多いと思います。
秋の季語に「温め酒」があり、少し肌寒さを感じる中秋以降は人肌燗又はぬる燗が好まれます。実は人肌燗は人間の体温と同じで本来は温かさを感じませんが、いわゆる体感温度として人肌の持つほのかな温もりを感じることができます。そして秋から冬へと寒くなるほどに上燗、熱燗が恋しくなり、特に真冬に飛び込む居酒屋で飲む飛び切り燗は将にこの世の天国です。聞き慣れないのが日向燗だと思います。私は真冬の金沢で「福正宗」の大吟醸酒を日向燗で飲みましたが、しんしんと冷える北国で味わうには最適な燗酒でした。
次は日本酒の種類に応じた燗酒の温度です。最も飲む機会の多い純米酒や本醸造酒は全ての温度帯で美味しく飲めますが、甘味と酸味のバランスが最も良いのは人肌燗から上燗にかけての温度帯です。特に辛口の酒は熱燗にもってこいです。飛び切り燗だとアルコールの揮発香が気になりますが、先に触れたように身体が冷えている場合はアルコール分が瞬時にして五臓六腑に行きわたります。
また、吟醸酒はフルーツを思わせる香りが持ち味であり冷酒で飲むのが一般的ですが、燗酒にすることでお米の香りとのバランスが良くなります。ただし、繊細な香味の大吟醸酒は日向燗か人肌燗の低い温度帯をお勧めします。一方、生酛や山廃タイプのお酒は乳酸等の酸を豊富に含む大変に力強いお酒であり、ぬる燗以上の高い温度帯で飲むと芳醇な香味と心地良い余韻に至福の時間を味わえます。また、手頃な値段の普通酒は上燗や熱燗にすると驚くほどに味わい深いお酒へと変身してくれます。
これら燗酒は自宅であれば自由に温度を変えて香味の違いを比較しながら楽しむことができます。しかし、外飲みの場合は「純米酒や吟醸酒は冷酒で飲むもの、燗酒はお断り」と客に説教する飲み屋もあり困ったものです。その意味で、名古屋市の「醸し人九平次」が出している燗酒用の吟醸酒と銘打った「火と月の間に」は燗酒文化に一石を投じたものとして高く評価しています。
百までは生きん燗酒熱うせよ山田春生
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