日本酒のこと  (14)
  吟醸酒               安原敬裕

 日本酒は日々進化しており、その最大の牽引役は「吟醸酒」です。地酒ブームが始まったのは昭和50年代後半であり、当時は高度な醸造技術を必要とする吟醸酒を造れる酒蔵は限られていました。そのような中で、日本酒に対し大変に失礼な言葉ではありますが「このお酒、ワインみたい」と、吟醸酒がこれまで日本酒と縁のなかった客層の心を摑んだことは確かです。そこで、起死回生を願う地方の酒蔵を中心に技術を磨き吟醸酒造りにしのぎを削り合い、その結果として良質な吟醸酒が一気に普及してきました。
 吟醸酒と称するには醸造方法につき酒税法の厳しい基準を満たす必要があります。良質な米の使用や麴米に使用する割合は純米酒と同様ですが、異なるのは精米歩合と製造方法です。精米歩合は純米酒より更に磨いた60%以下とされ、大吟醸酒は50%以下と規定されています。米を削って精米歩合を小さくするのは、お酒の雑味の原因となる米の表層部の脂肪やタンパク質を除去し純粋なデンプンのみで醸造するためです。
 次に製造方法ですが、果実や花のような香りを出すのが得意な協会九号や秋田花酵母等の特定の酵母菌を使用すること、タンク内の醪(もろみ)の温度を低く保ち長時間をかけて発酵すること等が必要です。純米酒だと15度で二十日程度の発酵で済みますが、大吟醸酒の場合は最高でも10度の温度で四十日ほどの発酵が必要です。これによりアルコール発酵の副産物として吟醸香と呼ばれるエステル香が発生し、洋ナシとかリンゴ、ジャスミン等の心地良い香りのする淡麗なお酒が出来上がるという次第です。
 吟醸酒が広く消費者に届くようになったのは昭和60年代ですが、実は吟醸酒自体は明治時代の後半から造られていました。広島県安芸津町の「富久長」の三浦杜氏が硬水の宮水で醸す灘五郷のお酒に対抗して、発酵力の弱い軟水の特徴を活かすため長期低温で醸したことが始まりです。しかし、吟醸酒は戦後も暫くの間は醸造技術の高さを競う目的で鑑評会への出品に留まっており一般の消費者には縁のないお酒でした。
 吟醸酒は製造コストが高いため市販価格も高額となります。最近は精米歩合を20%以下とし四合瓶で数万円もする大吟醸酒が出回っています。それはそれで結構なのですが、米は削れば削るほど淡麗で綺麗なお酒になる一方で香味の複雑性やボリュームの点では純米酒に劣ります。純米酒より吟醸酒の方が上等ということではなく、日本酒には多様な香味があり、それぞれの酒質の持つ個性を時と場所に合わせて楽しむことが肝心です。
 近年は、吟醸酒の香味の切り札となる酵母菌の開発競争が熾烈です。愛媛県西条市の「石鎚」等の酒蔵ではプリンセスミチコという薔薇から採取した酵母菌で吟醸酒を醸しています。これらの酵母菌については改めて触れたいと思います。
盆梅が満開となり酒買ひに皆川盤水