日本酒のこと  (3)
 絞りたて生酒               安原敬裕

 3月上旬の酒蔵はアルコール発酵の終わったタンク内の醪(もろみ 白くどろどろした液体)を搾る最終段階にあります。その搾りたての新酒は「にごり生酒」、「おりがらみ生酒」、「無濾過生酒」等の商品名で店頭を色鮮やかに飾っています。
 そこで、醪を搾った後の酒造りの工程を簡単に説明します。タンク内の醪は圧縮機等で搾り酒と酒粕に分離します。そして、搾りたての酒はタンクに移し、残っている米粕等の澱(おり)を引き、その上で活性炭で濾過して澄んだ雑味のない酒にします。その後は、酒の腐敗の原因である火落菌を殺すための火入れ作業を行い、熟成のためタンクで数か月間寝かせます。そして、再度の火入れをして瓶詰め出荷したものが、日頃我々が愛飲している一般的な日本酒です。
 搾りたての新酒として店頭で売っているものは、火入れ前の酒という意味で「生酒」と呼ばれ、麴や米から来るフレッシュな香味が特徴です。その中で、粗い目で搾り澱引きを行わない酒が「にごり生酒」であり、酵母を含んだ白い醪が混ざり少々ですが炭酸を含んでいます。「おりがらみ生酒」は、澱引きを行っていないため米粕等が残り薄く霞がかかった色をしています。そして「無濾過生酒」は澱引きはしているが濾過していない山吹色がかった酒であり、それ以外の生酒は濾過はしているが火入れしていない酒のことであり見た目には通常の酒と変わりません。
 これらの生酒は熟成していないため全体的なバランスは良いとは云えませんが、フレッシュな味と香りはこの時期だけのものです。その意味では、澱の混ざった酒の方が、さらにはピチピチした炭酸の刺激のある酒の方がより新酒らしさを味わえると思います。なお、似た名前で「生貯蔵」や「生詰め」の酒がありますが、これは別の機会に紹介します。
 私が搾りたての生酒を初めて飲んだのは、今から30年程前の1991年に仕事で訪ねた会津若松市の「宮泉」の酒蔵です。その時は、搾った酒が容器に流れ込むその瞬間の槽口(ふなくち)の酒であり、香味が高く日本酒はかくも美味なるものかと大変に感激しました。その際に、この搾りたての酒を流通ルートに乗せられないものかと訊いたところ、当時は冷蔵輸送等の技術が十分でなく無理とのことでした。今は物流技術の発達で全国の搾りたての生酒が普通に飲めるという便利な世の中になりましたが、瓶詰めと輸送という過程を経るため残念ながら搾って直ぐの槽口の酒とは比べ物になりません。
 かつての名古屋勤務時代のことですが、岐阜県岩村町の雛祭りを訪れたところ、「女城主」の酒蔵が搾りたての生酒を菰樽で振舞っており、足元が怪しくなるほどに堪能したことがあります。この瓶詰め前の搾りたて生酒を、立飲みで構わないので飲ませてくれる酒蔵があればと切に願っています。蔵元さん、何とかなりませんか。
雛飾り終へたる妻に酒ねだる 皆川盤水