日本酒のこと  (7)
  特定名称酒と普通酒         安原敬裕

 第4回目のこの欄で、良質な酒を目指す地方の酒蔵の地道な努力の甲斐あって1990年(平成2年)に特定名称酒に関する法律が施行されたことを紹介しました。この法律により、日本酒(=清酒)の世界はそれまでの特級・一級・二級酒の区分に替わり、「特定名称酒」とそれ以外の「普通酒」に分類されることになりました。
 日本酒とは、前回にも触れましたが「米、米麴(こめこうじ)、水を原料に酵母で発酵させ漉したもの」と酒税法に定義されており、一定の範囲内での醸造用アルコールやブドウ糖、アミノ酸等の添加を認めています。
 その中で、「特定名称酒」とは本醸造酒、純米酒、吟醸酒、大吟醸酒等と表示されているお酒であり、使用する原料や製造方法について一定の条件が定められています。やや専門的になりますが具体的には、粒の揃った良質な酒米を使用すること、酒米を十分に精米すること(例えば大吟醸酒だと50%になるまで精米)、糖類や酸類は添加しないこと等の条件が定められています。なお、少量であれば醸造用アルコールの添加は認められていますが、その場合は「純米」という表示はできず本醸造酒や単なる吟醸酒となります。
 他方、「普通酒」は特定名称酒以外のお酒のことであり、酒米の質や精米歩合等に関する条件はありません。醸造用アルコールや糖類、酸類の添加も認められていますが、勿論その種類や量には限度があり、昭和の時代に主流だった甘くてべたつく三倍増醸酒は現在では禁止されています。また、商品には単に日本酒とか清酒とのみ表示されています。
 次にこれらを消費者目線で眺めた場合、特定名称酒の方が原価が高い分だけ価格も高く、例えば一升瓶換算で純米酒が三千円程度に対し、普通酒だとその半額或いはそれ以下の価格となっています。また、特定名称酒は瓶詰めであるのに対し、普通酒の大半は紙パック詰めで売られています。そして、日本酒全体の約60%は普通酒が占めています。
 かつての私は大吟醸酒信奉者であり、地酒販売で有名な店の主人に「未だに糖類等を添加した日本酒があるのは嘆かわしい。」と意見したところ「世の中は背広を着て冷暖房の効いたオフィスで働く人ばかりではない。汗を流し力仕事をする者が一日の疲れを癒すには甘味が効いてガツンと来るお酒が必要なんですよ。」と諭されました。
 将にご指摘のとおりなのです。確かに大吟醸酒は香りが高くきれいなお酒ですが、力仕事を終えた方には水であり酒の味はしないと思います。そして、普通酒を飲んでみると特定名称酒とも異なる個性があり意外と美味しいものです。また、機械化等により生産性の高い大手酒造メーカーの商品が主流のため、財布に優しいのも大きな魅力です。日本酒は嗜好品であり時と場所に応じ自分好みのお酒を楽しむのが一番だと思います。
たそがれに間のある酒や鱧の皮蟇目良雨