子規の四季(79) 2017年4月号
明治二十九年(1896)四月、子規を中心とした郵便による句会「十句集」が始まった。これは東京市内なら朝投函した郵便がその日の午後には届いた、当時の郵便事情を反映していると考えられる。郵便の熱烈な愛好者であった子規は、郵便という当時最先端のメディアを駆使して、句会を運営しようとしたのだろ。
衣の歳時記 (85) 2017年4月号
冬の北風が徐々に東風、南風に変わり暖かくなる四月。日本列島を桜前線が北上し若草が萌え立つ美しい季節である。京都は様々な神事や祭で賑わい、春爛漫を迎える。
伊勢物語の面白さを読む(33)2017年4月号
2017年4月1日 古典に学ぶ
紫式部は物語の枠組み作りに際し『伊勢物語』をさまざまな形で積極的に利用していることがわかる。『伊勢物語』が描いた昔男の青春の行跡は、光源氏の青春の日々を描くための、この上ない参考資料となっている。まさに、『伊勢物語』の存在なくして『源氏物語』は描かれ得なかったといってよい。そして、紫式部が先行作品として愛好した『伊勢物語』を、千 年後の我々も同じように楽しんで読めるということは、なんと幸せなことであろうか。
自由時間 (46) 2017年3月号
2017年3月1日 自由時間
去る2月7日、大阪城ホールに一万人を集め、高山右近の列福式が行われた。教皇庁列聖省長官アンジェロ・アマート枢機卿を教皇代理として迎え、日本の司教団、駐日教皇大使(大司教)、右近ゆかりのフィリピン・マニラの枢機卿をはじめとする各国の司教たちが列席した。 伏見に月桂冠という酒造会社がある。その本社は、坂本龍馬が殺されそうになった寺田屋から歩いて四、五分のところにある。その敷地内に、高山右近ゆかりのイエズス会伏見教会への小道がそのまま残っていることが、一昨年に確認された。教会の跡地は幼稚園になっており、その塀で道は途切れているが、この道を福者ジュスト右近が足しげく通ったと思うと感慨深い
子規の四季(78) 2017年3月号
子規は親しかった二人の画家の影響で、俳句における写生に開眼したといわれている。その一人が中村不折であり、もう一人が下村為山であった。〈俳句は日本特有の文芸であり、俳画もまた日本芸術史の光であって、誇るに足る舞台である〉 子規堂で知られる松山市の正宗寺にある子規埋髪塔は為山のデザインしたもので、愛媛県指定 史跡となっている。