「晴耕集」4月号 感想 柚口満
朝食はさざんかの蜜つがひ鳥生江通子
作者の生江さんから先般お便りをいただいた。最近お目にかかることがなく心配していたが、少し体調を崩され、行動範囲に制約が出てしまっている、とのことだった。
しかし毎月の作品を読ませていただくと、身近な事柄を丁寧に掬いあげられその暖かな視線に好感を持つ。掲句も庭の山茶花の蜜を吸うつがい鳥と一緒に朝食を摂る作者が目に浮かぶようである。交わす会話まで聞こえてきそうだ。
大晦日まで煌煌と理髪店高野清風
仕事から離れた今、よく思うのはあの昭和の時代は時間を気にせず働いたこと、特に師走を迎えた歳の瀬は多忙を極めて床屋、散髪屋に行く時間もなく動き回っていた。
そんな時代のひとこまを詠んだのがこの句であろう。大晦日の夜には、新年には髪の毛をさっぱりしようと理髪店、床屋に客がつめかけ、ここだけは煌煌と電灯を付け続けていた。この句を読んでそんな活気に満ちたひと時代を思い出している。
暮れぎはの空の群青どんど焼実川恵子
左義長、どんど焼きの一句である。最近は特別の行事として残っているが昔は近所の広い空き地とか田圃のなかででよく見た風景であった。正月に使った門松、注連縄などの飾りものを山高く積み上げ燃やすのだ。餅を焼いたことも。
上五から中七の表現にアッという間に過ぎ去る正月の寂しさが、そしてそのあとの燃え盛るどんどの火の豪快さがよく出ていると思った。
初凪や船は夜勤の医者を乗せ小野寺清人初凪や富士を二つに水鏡小池伴緒
初凪を季語とした句を取り上げた。詠む対象が大きく違うが、二人の作者が詠まんとした句意を楽しんでみたい。
正月の海や水辺が風もなく静かに凪ぎ渡っている様が初凪、他におだやかな元旦の日和全般を指して使われることもある。
清人さんの一句。彼の故郷、気仙沼での嘱目吟であろうか。初凪の港へ夜勤明けのお医者さんが乗った船が戻って来たと詠む。大晦日の夜業の医者に対する敬意と迎えた年の安寧が伺われる。
一方、伴緒さんの句。美しい写生句である。富士山周辺の湖の水面の凪を水鏡と表現した。実像の富士山と逆さ富士の絶景に今年の吉兆を実感された。
枝といふ枝にちらほら冬桜田村富子
歳時記で冬桜の解説を読むと、どの書も十一月から一月にかけて寒さに負けずに咲く桜で、その姿は健気で凛としてあはれを誘う、とある。
この句は前述した本意などはくどくど説明せず「枝といふ枝にちらほら」との的確な観察、写生眼の表現を得て成功したといえよう。枝は整っても疎らにしか咲けない冬桜の宿命を感じた。
雪踏の背の火照りの湿りだす本間ヱミ子
作者は佐渡の方だから、往来を確保するために雪踏みの作業は日常の仕事のひとつになるのだろう。そのご苦労のなかで出来たのが掲句である。
寒いなかで作業をはじめてしばらくすると背中が火照りだし、やがてその汗が湿り気を帯びて今度は冷たくなる。具体的な描写に大変さがしのばれる。
節分の鬼の帰宅を待つ妻子梅澤忍
滑稽味を加えて節分の日を詠んだ一句である。夫婦と小さなお子さん2人の一家族を想定してみた。今夕の豆撒き、鬼の役は会社勤めのお父さんと決めてあったのだろう。
豆を炒って用意万端、あとは鬼役のお父さんの帰宅を待つだけだ。「福は内、鬼は外」と奥さんと子供の連呼で始まった豆撒き、最後は役を解かれた人を加えて年の数の豆を食べられた。
日の温み土と分け合ふ福寿草祢津あきら
新年の歳時記の植物の項で唯一花を持ち、その明るい黄色が喜ばれるのは福寿草しかあるまい。新年を飾るその名も目出度い福寿草。弱くはあるが日溜まりの貴重なお日様の温みを土とともに分け合っていると捉えた一句。心が和む作品である。
やはらかく豆煮る除夜の落し蓋佐藤利明
除夜とは大晦日の夜の意味、一年を通して迎えた最後の夜の有様の一つを情感ゆたかに一句にされた。
台所の鍋ではお節料理の一つとして黒豆を長い時間をかけて落し蓋でじっくりと煮ている。その時間はこの一年を振り返るのにはいい時間、そろそろ除夜の鐘が鳴り出す時間だ。
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