入堂の列ながながと恵方寺川澄祐勝
ころがりて冬至湯の柚子会者定離高木良多
(高木良多顧問は2月12日逝去されました)
「晴耕集・雨読集」1月号 感想 柚口満
久々のふるさとに酌む菊の酒池内けい吾
作者のけい吾氏は無類の酒好きである。氏とは句会のあとなどに度々酒席を共にするがその飲みっぷりはなかなかのものがあり八歳下の私はいつもたじたじの体である。
「菊の酒」とはもともと中国から伝わった慣わしであり9月9日の重陽の節句に菊の花を酒に浮かべて飲むのである。菊は災厄をよけ長寿をもたらす花といわれる。
久々に故郷、愛媛の松山に帰った作者は、生家の庭の菊を盃に浮かべ寛いでいる。氏の元気さを常に見ているが、酒が百薬の長になっていることを実感することしきりである。
残る虫夫に未完の俳句あり古市文子
昨年の晩秋頃から春耕で活躍された方々が次々と黄泉へと旅立たれこんな経験はいままでなかったことなので心が大きく揺れ続けている。この句の作者の夫君、古市枯声氏も昨年3月に鬼畜に入られこの句は半年を経た秋の夜に作られたものと想像する。夫婦揃って俳句に身を入れられたお二人であるからこれにまつわる思い出は尽きないものと拝察する。
秋の夜長の遺品整理、まだ完成途中の句帳が出てきた。その未完の部分に思いを巡らすうちに秋の夜は更けてゆく。残る虫の鳴き声が印象的だ。
見るだけの骨董市や文化の日萩原まさこ
11月3日は文化の日。文化の発展に功労のあった人に文化勲章を授与したり、各地では文化祭や芸術祭が開かれる。
さて、この「文化の日」を季語とする俳句をつくるとなるとこれが意外に難しい。文化論を引っ提げて作っても白々しいしあまり突飛に詠んでも成功しないからである。
その点掲出句は面白い視点で詠んで成功しているのではなかろうか。作者は何も文化の日だから骨董市へ出かけたのではない。古いものが居並ぶ市をいわば冷やかしで巡り、その後で「そういえば今日は文化の日だった」と述懐しているのだ。これも立派な庶民の文化の日である。
母逝きて枕屏風を残しけり塚本清
屏風は本来風よけの道具であり、そういった点で冬の季語となっているのであるが、現在では実用品というより装飾品として使われることが多いようだ。
さてこの句であるが、病床の母上が使われていた枕屏風を詠まれた一句である。枕屏風は文字通り枕元に立てる低く小さいもの、お母様の好みの絵が配されたものであろう。ところが闘病も空しく母上は逝ってしまわれた。残された者には枕屏風をみるにつけ故人の思い出が蘇る日々が続く。
列島の空に道あり鳥渡る中島八起
渡り鳥は秋の風物詩である。日本列島は独特な弓形の形をなして東西南北に横たわる島であるがその上空を様々な種類の鳥が北方から日本へ渡って来る。典型的な鳥は、鴨,雁、 鴫などの水鳥、鶸や鶫、それにアトリなどの陸の鳥である。
掲句は何種類もの渡り鳥が飛んでくる道が日本列島の上空にまるでハイウエイのように連なっていると詠む。面白い見立てではないか。そしてその道を日を違えて次々にやってくる鳥たちの大移動を連想するだけでも痛快である。日本列島に四季が存在することの幸せを改めて感謝したい。
小春凪そろそろ鯨の来る頃か澤聖紫
沖縄ではホエールウオッチング、つまり鯨の見学が盛んだときく。シベリア海域で生息していたザトウクジラは冬のシーズンを迎えると出産や子育てのため沖縄の温かい海にやってくるという。つまり12月中旬頃から4月の上旬頃が見ごろなのだ。沖縄在住の澤さん、小春凪の沖縄の海面をみてそろそろ鯨がくるころだ、と期待に胸を膨らませている。野性の鯨のあのダイナミックな躍動を目の前でみてその迫力に酔いしれたいものである。
咲き残る花も括りて雪囲阿部美和子
雪国の雪にたいする防御策は晩秋の大切な仕事である。北風、西風からの風雪を防ぐために雪囲いは、特に家の出入り口、そして周囲に板を張り付けるなどして万全を期すのである。その上この句は庭にまだ咲き残っている花をも括って雪囲いしたとある。まだ咲き続けている花に未練を残しながらも北国の人たちは来るべく冬将軍に備えて万全の構えをとる。
燈火親し眠れぬ闇にまた点し大西裕
燈火親しむ、は中国の詩「灯火稍親しむべく」から出た季語である。気候もよくなった秋の夜長を読書に親しむのはいかにも日本人好みの生活習慣ともいえるものである。
たっぷりと読書に堪能したこの作者、もうこの辺でと一旦は本を置いたのであるがすぐには眠れぬためにまた灯を点けて再読をはじめたという。中七から下五にかけての「眠れぬ闇にまた点し」はそう簡単にはでてこないフレーズ。
雨去れば花立ち上がる葛の原柿谷妙子
先の師皆川盤水先生の句に「葛の花雨截(き)って飛ぶ山鴉」がある。雨に濡れる葛の花の上をその雨を敢然と裁つように山鴉が飛んでゆく、との句意である。
一方のこの句は雨上がりの山野に自生する葛の原の、それも花の様子を捉えている。紫紅色の蝶形の花は雨が上がるとともに立ち上がる勢いを見せたと詠む。独特な甘い芳香もひととき充満したのであろう。蔓性の葛のはびこるさまはあまり美しくないがこの花を愛する人は多い。
木枯一号落葉が列をなし過る清水伊代乃
その年年によって木枯が吹く時期は異なるが、木々の葉を一日であるいは一夜で吹き飛ばす初の強風を何時からか木枯一号と呼ぶようになった。テレビのニュースや気象予報士も几帳面に教えてくれる。
さてこの句、その落葉が散るさまを「落葉が列をなし過る」と斬新な切り口で詠んで俄然面白くなった。まるで木枯一号の凱旋を落葉が囃したてているようにみえる。
吊し柿宿す日の色風の色田村富子
干柿は吊し柿ともいわれる。一般的には渋柿の皮を剥いて干す。この時蔕の部分を残して皮を剥くのがコツでこれを縄で吊るし日当たりと風通しのよいところに干す。次第に肉が締まり表面に粉がふいてくると完成間近かとなる。
この句は信州あたりの大きな庭の風景であろうか。それもまだ剥きたての柿の黄色、赤色が目に浮かんでくる。秋の濃い太陽が柿を日々色づかせ、山からの風も柿を磨く。「宿す日の色風の色」とリズムよく詠まれたのもよかった。
鰻重や大往生の話など真木朝実
なんととぼけたアイロニーの効いた一句だろう。この作者は時々離れた物体を強引に結び付けてびっくりするような俳句をものにすることがある。近頃は鰻の稚魚が激減してその値段は目を剥くような価格となり安いと思えば中国産や台湾産となる。
そんな高価な鰻重を年寄連中が美味しそうにつつき合い大往生の話が弾む。この老人パワー恐るべし。病気が逃げる。平均余命がどんどん上がるわけだ。
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