「晴耕集・雨読集」11月号 感想 柚口満
半世紀住めば故郷や鉦叩 山田春生
「住めば都」という言葉がある。広辞苑をひも解くと「住みなれればどんな僻地や環境でもそれなりに住みよくなる」とある。
この句の作者も今の場所に住んで半世紀がたち、もはや当地が故郷になってしまった、と一句にしたためその感慨を鉦叩というものに託している。地方から東京に出てきた人の多くはこの句に共感されるのではなかろうか。同時に出句されている「父母のなき名のみの故郷ちちろ鳴く」は対となる句である。
夜具と言ふ夜具を日干しに盆用意 朝妻力
盆用意にもいろいろなものがある。まず考えられるものといえば仏壇、仏間やお墓の掃除そして精霊棚の飾りや供物などの準備があげられる。
それと同時に本家筋で大変なのは一族郎党が大挙して墓参に帰郷するその手当である。そのなかでも一番大変なのは掲出句にある夜具、蒲団の手配であり蒲団干しなのである。小生の故郷はもう代が大変わりして帰郷の思いは希薄になってきているが、この句を詠んでありし日の先人たちの大変さをしみじみと思い出した。
施餓鬼会の直会となる蔵屋敷 小野誠一
今の若い人には施餓鬼という行事すらその意味合いを説明できる人は少ないのではなかろうか。お盆やその前後に行われるもので自分の先祖だけでなく無縁仏や水子、水死者などのさまざまな霊を供養するのである。そのあとは檀家の人々が集まり寺の精進料理の振舞を受けたりする。
この一句、その直会を由緒ある蔵屋敷で行ったというのが眼目、昔のおおきな蔵を改装した蔵屋敷での重厚な施餓鬼会、寺の年中行事は厳かな上にも和気藹々と続いたのであろう。先年、皆川盤水先師の甲府の櫛形山句碑の祝賀会が建立地の近くの蔵屋敷で盛大に行われたことが脳裏をよぎった。
隧道の粗壁へ差す晩夏光 唐沢静男
この隧道は小生の勝手な判断であるが伊豆の天城隧道(旧天城山トンネル)ではないかと直感したのだがどうだろう。それはこの句の作者が伊豆の網代に住んでいるからである。隧道は川端康成の『伊豆の踊子』にも出てきて一躍有名になった場所でもある。
明治37年に完成した苔むした隧道は、先人の残したトンネルの掘削の苦労が偲ばれ天井から滲み出る湧水が涼感を誘う。
450㍍に近い隧道を進んでゆくと遠くに丸い出口が見え晩夏の光が徐々に粗壁を照らしだした。やがてその光は壁の凹凸を包みだし前方の山々の緑までもが反射しだした。「隧道の粗壁」で晩夏の光の美しさが倍増した。
自動ドアゆるりと開く残暑かな 窪田明
残暑の傍題に秋暑しがある。しかしこの2つの季語の使い方には注意が必要なのではないか。一見同じようだが微妙な違いに留意することが肝要である。すなわち残暑には夏の暑さが残っているのに対し、秋暑しには暑くとも秋の気配が少し含有されるのである。
掲出句は日常生活でよく出会う自動ドアという便利ではあるが無機質な道具をうまく使っている。機敏に開閉してほしいドアも自動であれば人間の思いをくみ取ることはない。こんなとき残暑の仕打ちは倍になって襲いかかる。
病院の全窓灯す颱風圏 平岩静
平成30年も台風の多い年であり、それも早い時期からの襲来とか予想もつかないコースを辿るなど従来の気象状況とは明らかに異なることに誰しもが不気味さを感じたものだ。
この病院へも台風襲来のピークは夜になったのだろう。全棟の病室の窓が消灯時間を過ぎてもあかあかと点いたままだったという。
場所が病院だけに緊迫感の漂う一句である。
朝顔の明日咲く数を母に告げ 岩永節子
自宅の庭や、あるいは鉢植えであつても朝顔は夏から初秋にかけて次々と咲き続く。お年を召したお母様の日頃の楽しみは毎朝咲く朝顔を見ること、あるいはその数を聞くことが日課になっていたのだろう。そして明日咲く数を告げる教えてあげるのが娘の親孝行のひとつであった。
話はとぶが床についたままの子規は「いくたびも雪の深さを尋ねけり」と詠み母や妹から雪の嵩を教えてもらっていたのである。
逃げまはる金魚が先に買はれけり 小田絵津子
金魚すくいの句であればすばしこい金魚は敬遠されるのであるがこの句は金魚屋さんで金魚を買っている様子をみての一句。じっとしているものは病気かと疑われ生きのいいものから売れていった。
金魚もここまで人間に厳しく選別されては立つ瀬がないというものだ。
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