「晴耕集・雨読集」6月号 感想  柚口満

風船や進水式のファンファーレ堀井より子

 大型船の華やかな進水式の模様を詠んだ一句である。ドックの中で長い期間を要して立派に完成した豪華船のお祝いのハイライトが進水式。大勢の人達が見守る中、支綱が切断されると繋がれていたシャンパンが船首で割れ同時に割れた薬玉からは紙吹雪が、そして掲出句にある無数の風船が青空へ舞い上がる。重厚なファンファーレの音とともにゆっくりと海に入る船の晴れ姿に風船が色を添えた。風船の集合体の美しさがよく出た一句。

油照硫黄噴き出す恐山畑中とほる

 下北の人たちは「人が死ねばお山(恐山)さ行ぐ」という。比叡山、高野山とともに恐山は日本三大霊場とされる。
 恐山が一番賑わうのが7月20日から24日までの大祭典である。この句もおそらくその頃に作られたものだろう。当地には地獄七月や極楽、賽の河原、三途の川、極楽浄土等々を具体化した場所が散在するが、中でも荒涼とした岩場に硫黄が噴き出すさまは地獄を実感させる。季語の油照がいやがうえにもその雰囲気を増幅させる。

阿夫利嶺に重き雲伏す桜冷え髙井美智子

 神奈川県の丹沢山地の東側に位置する大山は別名阿夫利嶺、雨降山といわれ、朝な夕なに見る人々は俳句にこの固有名詞を好んで使ってきた。
 古来からこの山は雨乞い信仰の中心とされた。それは山頂に常に雲や霧が生じ雨を降らすからであった。そんな阿夫利嶺の古来からの伝説をふまえて作られたのがこの句。変わりやすい春のいち日、雲のかかり出した山を見ながら俄な桜冷えを感じた。

若鮎の光りたばしる早瀬かな山﨑赤秋

 私は魚のなかでも特に若鮎という季語が昔から好きである。傍題には小鮎や稚鮎、鮎の子などがあるがやはり若鮎なのである。それは語感からくる鮮烈な躍動感が一番出ていると思うからである。
 掲出句はその若鮎の川を上るさまが美しく写生されていて秀逸である。急流をものともせず仲間に遅れじと競いあう光景を中七で「光りたばしる」と納めたのには感心した。同時作の「きらめきて魚道をはやる小鮎かな」もいい。

貝寄風や波打際の多弁なる髙橋千恵

 日本には雨の呼び方が数百あるときくが、風のそれもかなりの数があるのではと思っている。句にある貝寄風(かいよせ)も味のある風の名である。歳時記によると陰暦の2月20日前後に吹く季節風(西風)でこの風で貝が吹き寄せられる、とある。
 下五の「多弁なる」という表現は魅力的だ。この風は冬の季節風の名残のように吹く風であるから、風は明日からは穏やかになることを知っている。だから波はもっぱら多弁になるのだ。春の到来の喜びが垣間見える。

一村が花守となる峡の里大溝妙子

 一読して一村が花守になるというのはどういうこと、と立ち止まらせる力が魅力。山深い峡の里にその村自慢の一本の大きな桜の老木がありそれをシンボルにしているのか。はたまた、谷川に沿う堤に名物の桜並木のトンネルが展開しているのか。
 結論はどうでもいい。眼目はその里を長い歴史をかけて守ってきた村人に桜が応えて見事な花を咲かせたということ。それだけに上五から中七への言葉が訴える意味は大きい。

のどけしや道にチョークの線路延ぶ田野倉和世

   この句にある道は公道ではなく私道である。我々俳人はよく路地と言う名称を使うが、この句の場合もそれであろう。子供が、それも幼い児らが道端にチョークで描いた線路の絵がまず長閑さを演出する。そして電車ごっこの子供たちの弾ける声もまた長閑だ。長い冬に別れを告げ待ち望んだ春の到来が、ちょっとした市井の路地にも潜んでいた。

神饌の雉の眼動く諏訪大社坪井研治 

   この句は4月15日に諏訪大社上社で行われる御頭祭(おんとうさい)を詠んだもの。この祭りは奇祭と呼ばれ、むかしは鹿の生首70あまりを並べ、生きた雉を供えて祝ったといわれるが、今は雉だけを供えている。神饌の生きた雉の眼が動く、にリアルさがあり不思議な神の祭りへの興味がつきない。

周りから水になりゆく薄氷百瀬信之 

   薄氷を観察する目に注目した。池か沼に張った薄氷が昼過ぎになると解けだす気配に。表面の全体に張りがなくなり特に氷と水の接点が曖昧になるのに気がついた。うすらい、うすごおりという語感からくる美しさ、早春の季節感をわきまえた一句だ。