「晴耕集・雨読集」8月号 感想 柚口満
筍流し鬱を一日持ち歩く蟇目良雨
「ながし」とは長い梅雨時、あるいは梅雨明けに湿気を含み雨を伴う南風のことで「ながし南風(はえ)」ともいう。掲句にある筍流しや茅花流しなどが俳句にはよく使われる。
そんな梅雨時の耐え難い湿気と蒸し暑さのなか、作者は終日憂鬱な一日を過ごしたという。鬱に追い打ちをかける気象条件下、「一日持ち歩く」という表現と「鬱」という字画の多さがその感を一層強くしている。
不要不急なれども初夏の日を浴びに朝妻力
新コロナウィルスの感染拡大は日本列島を未曾有の厄災が包み込み、その勢いの趨勢は今日まで結論が出ていないのが実情である。
コロナ禍の中で耳にタコができるように聞かされてたのが不要不急という言葉。「必要でない方、急を要しない方は外出を控えてください」との趣旨だった。日本人は真面目でこれを守り第一次の感染の波は見事に下降線をたどったのである。
この辺をちょっぴり皮肉ったのがこの句、せっかく授かった初夏のお天道様ぐらいは浴びに行きますよと、居直った心意気が気持ちいい。
桐の花蔵の二階はおそろしき倉林美保
読んでみていろいろと想像が膨らんでくる一句である。まず、この句の舞台は都会でなく一地方都市の旧家の蔵ではないかと思ってみた。二階造りの蔵には名家ゆえのお宝が眠っているのだろうか。
そしてその二階は薄暗く、とても一人で入るには恐ろしく二の足を踏んだという。また、蔵の横に大木に育った桐の木があり今年も紫色の花弁が見事に開いた。古い蔵と桐の花の取り合わせも興味をそそる。その昔、女児が生まれると桐の木を庭に植え、結婚の時にその材を使って簞笥をつくり嫁ぎ先に持たせたという話も頭を過ぎる。蔵のみならず由緒ある屋敷なのだ。
掲句のように思い切り突き放し、省略した句に出会うと鑑賞の方は無尽に広がる。俳句の魔力である。こういう俳句も捨てがたい。
外されて矜持めく眼や囮鮎岡村實
鮎の縄張りの習性を巧みに取り入れた釣りが鮎の友釣りである。そしてこの友釣りの成果を大きく左右す るのが囮鮎の生きのよさである。勢いのある囮鮎は文字通り囮となって他の群れを挑発して針へと呼び寄せた結果、術中にはまるという具合である。
この句は、その囮がくたびれて、いわば使いものにならなくなった状態を詠んだもの。棹から手元に引き寄せ鼻環を外されるときの囮鮎の眼はなんと矜持めいていたという。矜持めく、という写生はあくまで作者の主観であるが孤軍奮闘してきた囮鮎への最大の賛辞ともいえるのである。
雲割つて端午の山の背くらべ小島正
5月5日は端午の節句、男の子の成長を祝う日である。男の子のいる家庭では鯉幟をあげ武者人形などを飾る。
掲句はそんな慣習は横に置いておいて、折しも雲に隠れていた四囲の山並みが現れ、それぞれが背比べしたように見えたことに着目。我が子、我が孫がこの山のようにすくすくと伸びてほしいという願いが垣間見える一句である。
軒低き浦のよろづ屋雛つばめ竹内岳
鄙びた漁村の万屋、なんでも屋の低い軒先に今年も遠路はるばる燕が飛来して巣を作り、そして一番子の雛が誕生した。
自分には経験がないが、毎年毎年律義に海を渡り自分の軒先に巣を作ってくれるということは我が家族のように思えるのでは、と推察する。ましてや複数の雛の誕生ともなれば益々嬉しいことである。こういう光景を目撃した作者も心が和んだことだろう。
草の香の中の土の香早苗月坪井研治
皐月の傍題に早苗月がある。陰暦5月の異名で現在の陽暦では6月ごろに当たり本州であれば梅雨時ということになる。
農村ではちょうど田植えの始まる頃で早苗月と呼ばれる所以であるが、この句の作者は自分の庭の手入れでもしているのであろうか。雑草も力強く伸びようとする折柄、草を引けば草の香が、土を起こせば土の香が横溢する。リズムのいい一句に生命力溢れる早苗月が描かれた。
新茶汲む広沢虎造聴きながら真木朝実
上五から中七、下五にかけての思い切った場面の展開にまずびっくりし、作者が女の方だったのにまたまた驚いた。
あの浪曲師、広沢虎造の清水次郎長伝「石松三十石船道中」の「寿司喰いねえ」「馬鹿は死ななきゃなおらない」のセリフや節回し聞きながら飲む新茶はいかにも美味しそうだ。もしかしたら寿司も傍らに用意されていたのかもしれない。
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