「晴耕集・雨読集」 9月号 感想 柚口満
旅人に身を寄せてくる羽抜鶏山田春生
昔は家で鶏を飼っていたこともあって、掲句にでてくる羽抜鶏を見る機会にめぐまれたが、最近はほとんどみかけない。
それでもまだ田舎に出かけたり旅をすると、あの滑稽な姿の羽抜鶏に出くわすことがある。句の旅人は作者本人であろう。人懐こい格好でヒョコヒヨコと身を寄せてきたこの鶏に限りない愛着を感じられた。見栄えしない鶏には何の罪もない。季節が移り変われば立派な羽が出揃い貫禄たっぷりの鶏に生まれ変われる。
琅玕の節の際立つ男梅雨升本榮子
琅玕とは美しい竹を指す言葉。この嘱目吟の舞台は整然と並ぶ竹林であろうか。頃は梅雨時であるから、それだけでも心が洗われるような竹の林が目にうかんでくる。
その中から作者はざっと降り込んできて、竹の節を洗いながら去っていった男梅雨が心に留まったという。直立する竹の揃った節の数々は想像するだけでも素晴らしく、男梅雨の季語が動かない。
蟻の列鎌倉街道急ぎけり堀井より子
蟻の列を、鎌倉街道のある場所でみつけてできたのが掲句である。蟻の列と鎌倉街道の取り合わせが作者の脳裏に浮かんだ瞬間が、この佳句に結びついた瞬間だったといっても過言ではなかろう。
鎌倉街道は鎌倉往還ともいうが鎌倉幕府の時代に各地から鎌倉へ向かう古道をいい、武蔵路、信濃路、上州路、京鎌倉路などの別称がある。
「いざ鎌倉へ」という言葉があるが、当時の武士たちは鎌倉に一大事があればこの街道を通り武勲をたてる心意気を常に抱いていたと聞く。長く続く蟻の列はその兵どもの化身に見えたのかもしれない。
弧を描きもどる渡しや青嵐唐沢静男
青嵐という季語、嵐という漢字が入っていても決して不愉快を伴うものでなく、青葉の茂る頃に吹くやや強い風をいいその本意は明るく爽快さを伴う風である。
そんな景を頭に置いてこの句を鑑賞してみよう。両岸では青嵐が吹き渡るなか、むこう岸から渡しが上流から大きな弧を描きながら戻りはじめた。眼目は上五、中七の描写で船頭さんの櫂さばきが垣間見えること、青嵐の強さを勘案して風上から見事に船着場に舟を寄せた船頭さんの腕前に拍手喝采だ。
夕焼けて今日といふ日の美しく平賀實子
作者にとって今日一日という日はどんな日であったのかは定かではないが、思い出に残る印象的なひと日であったことは間違いない。
今日を締めくくる西空の類まれなる壮大な夕焼けを見ながら、そういえば今日は朝から夕方までいいことの連続で誠に充実したものであったと述懐している。下五の美しく、は単なる美ではなく心が洗われるような清々しさを指すのであろう。
ちやほやとされて金魚が太りけり松川洋酔
私も金魚を飼っている。朝一回の餌遣りでありながら3年もたつと驚くほど大きくなり、お腹も張ってきてそれなりの重量感である。
掲句、上五のちやほやと、の表現が面白い。飼い主も認める溺愛ぶりが彷彿としてくるではないか。一抹の罪悪感を持ちながら、ついちやほやと餌をサービスする主の姿が滑稽にもみえてくる。
十薬の咲いて大地に力満つ飯牟礼恵美子
梅雨の頃になると湿った日陰の地や庭の隅に群れて咲くのが十薬、別名どくだみである。
作者はその盛んに繁殖してはびこる葉、そして白い花をみて大地に力が満ち溢れていると感じた。本来ならば十薬の旺盛さを詠むのであるが、逆説的に大地の力を詠んで成功している。
小間切れの眠りを継ぎて明易し鈴木幾子
短い夏の夜は暑くて眠りに入りにくく、また夜明けが早く目覚めも早い。そんな環境で見る夢は掲句にあるようについつい小間切れになってしまう。いい夢は続きがみられないし、怖い夢はもっと恐ろしくなって目が覚める。こうして睡眠不足が重なるのである。
故郷に母との一夜蚊遣香布施協一
我々が少年の頃は蚊を追い払うための必需品は蚊取線香と蚊帳であったが最近では過去のものとなりつつあり、○○の夏、日本の夏のテレビコマーシャルも激減した。ただしこの句は蚊遣香の季語の斡旋が抜群で、田舎に残す母との一夜の会話をその香が切なく包む。
磨崖仏おん身より噴く夏の草本間みつえ
かなり古い磨崖仏であろうか。旺盛な夏の草が仏様のからだに容赦なく噴くようにはびこっている。怒髪天を衝く、という言葉があるがそのような様子であったのだろうか。夏草の勢が弱まれば仏様も蘇る。
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