「晴耕集・雨読集」2月号 感想 柚口満
風唸り海の唸りて鰤起し山城やえ
北陸地方の漁師たちの間では鰤起しという雷が鳴ると鰤があがりはじめるという言い習わしがあり、豊漁の前兆とされる。
この句は佐渡の辺りの寒冷前線に伴う積乱雲の雷がなせる鰤起しを詠んでいる。佐渡の海は風をともない唸りに唸る。鰤起しに気を良くした漁師たちは意気軒高に鰤を上げる。漁師の姿は描かれなくとも十分にその雰囲気が伝わる一句である。
「春耕」の皆川盤水先生、棚山波朗先生の鰤起しの句は広く俳句界に伝わっている。
鰤起し大佐渡小佐渡つらぬけり 皆川盤水
奥能登を一撃したる鰤起し 棚山波朗
絶壁に立つ岬馬の初日影畑中とほる
先日再放送であったが、NHKテレビで「新日本風土記」という番組を見た。この日は尻屋崎の寒立馬を取り上げていたが興味深く視聴した。先年この句の作者であるとほるさんの案内で当地を吟行したからだ。
掲句は下北半島北東端の岬の厳しい冬を生きる寒立馬の元旦の姿を詠んだもの。絶壁に立つ、の表現からは過酷な環境が想起され、初日を浴びる岬の馬の荘厳な姿に感動している作者の気持ちも伝わってきた。
伐り口の脂かたまつて寒波来る倉林美保
寒波来るという気象条件を季語として、さてこれをどう詠むかと思案した時に上五、中七の「伐り口の脂かたまって」の景を得たことが佳句につながった。こういう場面に遭遇した幸運に感謝しなければならない。
伐った大木の伐り口から滲み出た脂(やに)が寒さでカチカチ固まり、それを見た作者はその瞬間に寒波の到来を実感したという。
カ行の韻律の効果も指摘しておく。
花柊風に舞ふことなかりけり山岸美代子
柊の零れて花と気付きけり松谷富彦
柊の花は地味な花である。垣根や庭に植えられどちらかというとあのギザギザがある葉は知っていても花に気づかず、密かないい匂いを感じてから花を知る人も多い。
お二人の句はその目立たない花に心を寄せて、同情の心で花柊を詠んだ。山岸さんは、他の花は綺麗に咲いて空に舞うのに、舞うこともないこの花に心を寄せる。
松谷さんの句は、地上にびっしり散り敷いている花の粉から柊の花を実感している。
売切れも投売りもあり年の市太田直樹
年の市の様子も年々変わりつつあるようだ。昔は大晦日迄神社やお寺の境内、町なかの辻々に正月を迎えるための神棚、注連飾り、門松、その他の食料品をはじめとする雑貨を売る市であった。
現在ではデパートや商店街の売り出しに変わり、往年の賑わいは薄れてきたようだ。しかし掲句にあるような雰囲気はやはり年の市のものである。ものによっては早々と売り切れるものがある一方、残りものを抱えて投売りに転ずる者もいる。慌ただしい暮れの中の師走の一風景が垣間見えた一句である。
湯たんぽの行方を探すあさぼらけ阿部美和子
今、湯たんぽが流行っているらしい。昔の湯たんぽは陶製やブリキ製が多かったが現在はカラフルなプラスティックの洒落たものが出回り若者にも人気がある。
この句は明け方に湯たんぽを足でまさぐり探している図である。ぬるくなっても暖を求めるこの行動は誰しもが経験したもの、共感の一句である。
喉元に残りし髭や日向ぼこ請地仁
日向ぼこをする至福の時を詠んだ一句。この日向ぼこをする条件はまず強い太陽、そして風のない南向きに面した場所が必須である。
この句の作者にもお気に入りの場所があり、今日ものんびり心置きなくうとうとと。喉元に剃り残しの髭をを撫でるのも愛嬌である。
寒釣や色あるものは浮子ひとつ衛藤佳也
万物が枯れ尽くした自然の中で寒釣に専念する人に遭遇することがある。よほど釣りが好きなのであろう。大概ひとりである。
釣は辛抱との闘いである。粘りがものをいう。色を失った野原、水面もただ鋼色。そんな中でただ一つ色鮮やかな浮子の存在が印象に残る。
サイロより高きものなし鳥渡る松井春雄
酪農などで活躍するサイロ。乳牛などが食べる飼料などを発酵、貯蔵する倉庫である。この設備より高い物がない場所、まず浮かぶのは北海道の大平原、この大自然の中を今年もお馴染みの鳥が渡ってきた。毎年見る光景だが、大きな景のなかで永久に繰り返される営みは人の胸を打つ。
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