「晴耕集・雨読集」10月号 感想                柚口満   

主なき書斎そのままパナマ帽堀井より子

 夏帽子のひとつにパナマ帽がある。パナマゆかりの帽子と思っていたが起源はエクアドルだそうだ。その快適な被り心地と涼しさ溢れる大人の雰囲気は戦前に紳士用の正装として一世を風靡し根強い人気をほこる。
 掲句に詠まれている書斎とは今は亡き御夫君のお部屋であろう。男の場合、帽子の似合う人とそうでない人は不思議と分かれるように思うがご主人はきっとこのパナマ帽がお似合いだったに違いない。
 今日も書斎から奥様を見守っておられる。

扇風機お元気なのは貴方だけ乾佐知子

 各家庭にクーラーが備わっても扇風機の人気は根強いものがある。この世は酷暑の時代を迎え若者は歩きながら手持ちの扇風機をあやつる。
 この句もそんなご時世を背景に作られた一句と理解してみた。連日の猛暑に息絶え絶えの作者。そんな刹那に飛び出したのが思わずつぶやいた中七、下五の嘆き節だ。一心不乱に首を振り風の強弱も思いのまま、ご主人様が眠りにつけば優しく止まる扇風機に感謝。

ホームランボールを探す草いきれ中島八起

 この句のホームランボールは外野のフェンスを越えたものでないところにおもしろ味がある。季語の草いきれが効いているからである。
 いわゆる草野球の外野は草が伸び放題の所が多い。一旦は頭を抜かれたボールは草深い所を転々、敵の打者は悠々とランニングホームランでホームイン。草いきれの中をボールを探す野手はたまったものでない。相手側の歓声、こちらは必死のボール探し、草野球の面白いひと駒を描いた一句。

捕虫網野に沈みては立ち上がる大西裕

 高幡不動尊の川澄祐勝前ご貫主は「寺に駆け込むまつしろな捕虫網」いう句を遺されている。当山にきて青々と茂る森で捕虫網を持った子供たちが走り回る様が活写されている。
 掲句も広い野山を巡る光景が、捕虫網を介して美しく詠まれている。緑の中を浮いては沈む真っ白な捕虫網、その動きは多くの人に過ぎし日の少年時代のワンシーンを呼び戻す。

縋るものあらば天まで凌霄花坂口富康

凌霄の空き家の屋根を覆ひけり根本孝子

 凌霄の花は夏の終わりを告げる花ともいわれてきたが最近では随分早く咲き出すようだ。枝先いっぱいの鮮やかな橙色の花を咲かせ、ほかの樹木などにからみつきその高さは6メートルを超すものもある。
 富康さんはその旺盛な咲き上りの勢いを、もし縋るものさえあれば天までゆくのではと感嘆する。
 一方の孝子さんは空き家の屋根を覆い尽くした凌霄の勢いに驚くとともに、空き家となった住宅の哀れをも感じ取ったのかもしれない。

音連ね雁木の街の軒風鈴上野直江

 この句の場合、季語は軒風鈴である。句の眼目は雁木の街に風鈴が鳴っているということ。雁木は雪国の商店街などで軒の庇を長く突き出させた道路、積雪防止の役を担うもの。そんな雁木には夏になると軒風鈴が吊るされ涼しい音に包まれたという。雪国の夏の一風景を面白く詠んだ一句。

四つ這ひのままに息継ぐ田草取請地仁

 小さい頃、田舎で育った時に田の草取を手伝ったことがあった。1番草から3番草までの人力によるその労力は大変なものだった。その過酷な田草取の過酷さの一面を詠んだのが掲句。四つ這ひのままの息継ぎの写生に臨場感が溢れている。最近は除草剤の使用で大変さは減ったがあの頃の苦労が偲ばれた。

ラジオから昭和歌謡や三尺寝尾碕三美 

   昼寝の傍題に三尺寝がある。日脚が三尺移るだけの短時間の昼寝ということ、職人などが仕事場でとる睡眠と捉えていいだろう。
 傍らのラジオからは昭和の歌謡曲が流れる、とあるから職人さんの風貌や年齢を想像するのも楽しい。

山門に鳩と逃げ込む大夕立小林休魚

 しとしとと降りだす雨と違い夕立は突然襲ってくる。雨粒が2粒、3粒顔に当たったと思う瞬間、もう局地的な大雨となる。偶然、大きな寺の近くにいた作者、夕立に遭遇して鳩と共に山門に逃げ込んだのだ。仁王様と鳩と一緒の雨宿り、滑稽味のある一句である。

日の匂ふ丸ごとかじるトマトかな和田洋子

 真っ赤に熟れた真夏のトマトは夏の象徴だ。子供の頃、川で唇が青くなるまで泳ぎまくり疲れ果てたあとに食べたトマト、塩を少し振っただけであったが無茶苦茶に甘かった。掲句を読んであれは太陽の匂だったのだと納得した。