「晴耕集・雨読集」11月号 感想 柚口満
雨足りて日差し足りたる稲を刈る阿部月山子
去年の稲作は地域によって豊作、不作が大きく分かれたらしい。作者の住む鶴岡辺りでは、「雨足りて日差し足りたる」とあるから雨が必要な時は順調に雨が降り、日差しの絶対必要な、特に後半では好天に恵まれたのだろう。無事稲刈りを終えた安堵感が垣間見える作品である。新潟辺りでは猛暑の連続で全く稲穂が実らなかったところもあったと聞く。農家の方々には最近の気候の不順は頭の痛い問題だ。
糠床の手になじみたる今朝の秋升本榮子
お漬物で重要な位置を占める糠床、各家庭には工夫を凝らした糠床があり大げさにいえば秘伝のそれと呼んでもいいものである。
糠というのは精米時に玄米から取り除かれる外皮のこと、その糠に水や塩を混ぜ発酵されたものが糠床、掲句は立秋の日のそれは「手になじみたる」ものであった、と詠む。秋の到来と糠床の手触りという取り合わせが秀逸である。
古里の川の思ひ出箱眼鏡小野誠一
季語の斡旋の強さを思い知らせる一句である。箱眼鏡と聞けば女の人には無縁のものだろうが、我々の年代には懐かしい思い出が一杯詰まった遊びの小道具であった。
春、夏、秋。特に夏の川で箱眼鏡を駆使して魚とりに興じた思い出がこの句を詠んで一気に蘇った。四角な木製の箱の底に透明なガラスをはめ込んだ箱眼鏡、川面に押し付け鮎の群れを追い、針に引っ掛け面白いように鮎を獲った。箱を口で噛んで操るために着いた歯型が勲章だった。季語の効力を改めて感じた一句であった。
咲き初むもをはるもひそか稲の花窪田明
稲の花といっても都会育ちの方は見たことが少ないかもしれない。それだけ目立たない存在である。しかし稲の開花期はその年の米の収穫に大きな意味を持つといわれる。
開花時の受粉の成り立ちには詳しくないが、その日の晴天と高温が必須条件といわれ午前中の2、3時間のドラマを農家の人々は息をこらして見守るという。
この句は上五、中七の的確な措辞でその場面を余すところなく描写した。
花木槿今朝の数だけ散つてをり武井まゆみ
木槿は初秋を代表する花である。人家の垣根などでアオイ科の淡紫、淡紅、白のこの花を見かけると秋の到来を感じるのである。「槿花一日之栄」という言葉があるように大体は1日で萎んでしまい人の世の栄華のはかなさにたとえられる。
掲句は朝に咲き夜に散るこの木槿を「今朝の数だけ散つてをり」とまとめた技量を称えたい。朝に咲いた木槿を愛で、そして地上の落花に思いを馳せる、その心情が佳く出ている。
法師蟬止むや狐の嫁入りに坪井研治
息つぎを忘れてゐしか法師蟬本間ヱミ子
法師蟬は蜩とともに晩夏から初秋にかけて鳴く蟬でよく俳句の素材になる。特に法師蟬は鳴き方の捉え方で様々な名前を持つことでも知られている。3センチほどの小型で翅は透明、黒い体に黄緑の斑点を有す美しい蟬と言えようか。
研治さんの句、日照雨が降り出すと繰り返し鳴いていた法師蟬が鳴き止んだと詠む。狐の嫁入りという言葉を使うことで句に品格がでたようだ。
またヱミ子さんの作品は一方的に鳴く鳴き方に注目、一心不乱に鳴くのを、息継ぎを忘れているのではと心配する。
大東京を呑み込むやうに雲の峰大溝妙子
出だしから大東京を、と大きく構え雲の峰との取り合わせとした一句である。大きな東京と言えば新宿や六本木の超高層ビルが林立する街並みを想像する。昨年秋には330メートルの南麻布ヒルズが完成して話題になった。それを呑み込むような数千メートルの雲の峰が睥睨する。自然と人知の凌ぎあいが恐ろしい。
あめんぼうのぼうけん白き雲に乗る山田えつ子
あめんぼが白い雲に乗って冒険をしているという描写、もちろん水に映った白い雲に乗っていることはいうまでもない。こんな光景をユーモアを交えて幼い子供にしてやれば夢が膨らむのでは。上五はあめんぼの、としてリズムを整えたい。
蔵王嶺の風にまどろむ夏座敷若木映子
夏の時期、襖や障子などを取り外し風通しをよくした部屋が夏座敷である。町中に住む我々庶民には望むべき夏座敷はないが掲句にあるような蔵王の風を程よ入れた広間の畳の上で思い切り昼寝をしたいものだ。蔵王嶺の風が効いている。
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