「雨読集」5月号 感想                        児玉真知子

ほろ酔ひの父の家苞草だんご岩永節子

 「草だんご」ですぐ思い出すのが、映画寅さんでお馴染の柴又「とらや」の草だんご。蓬を茹でて細かく刻み、搗き込んだ餅を捏ね、小さく丸めてつぶ餡やこし餡を添えた庶民的な和菓子である。
 この日のお父さんは、ほろ酔い気分で陽気に帰宅、家族の喜ぶ顔を思い浮かべながら草だんごをお土産に。食卓を囲む昭和のほのぼのとした家庭の一齣を彷彿とさせる。

ふらここを空の真中に漕ぎ出せり木曾令子

 おだやかな晴れた春の空に、ふらここを漕ぎ出す時の作者の思いが伝わってくる。俳句の表現は平明で、情景を的確に詠むことが最も難しい。この句はためらわず、思いきり漕ぎ出す「空の真中に」という措辞に込められている。決意が感じられる存在感のある一句。

さんさんの日にぞくぞくと名草の芽窪田季男

   春になると土を持ち上げて、萌え出るすべての芽の中で名前のある場合は一括して「名草の芽」という。緑も鮮やかな様は、あちこちに春の喜びを感じさせる言葉である。
 この句は、ほとんど、かなによって表記されて印象的である。日の柔らかさと日の溢れでている質感、「ぞくぞく」とのオノマトペにより量感を効果的に表現している。

浮くものをはがひ締めして薄氷小林啓子

 寒の戻りのような寒さに薄い氷が田や池、川の縁などに張っているのを見る事がある。
 中七「はがひ締めして」と擬人化した表現が見事である。この言葉の個性的な発見に景が迫ってくる。対象から目を離さず見つめる作者の確かな写生が臨場感を醸しだしている。

病床の母に開けおく白障子大胡芳子

 病床にあるお母様の看病をされている日常の様子をさらりと詠んでいる。
 障子は格子に組んだ木枠に障子紙を貼り、風や寒気を防ぎ、外光を取り入れるための間仕切りとして便利な日本独特の建具である。「明り障子」とも呼ばれ、光を和らげる効果もあり、日中は開けてお母様に家族の声が聞こえて寂しくないように、病床からもよく見えるようにとの気遣いや配慮に母と娘の日々が想像される。

外野席の駒返る草こそばゆし平照子

 季語の「駒返る草」とは、枯れていたように見えた草が、春になって再び青く蘇り生き生きしてくることを言う。季節は確実に躍動し始めている。いつも季語を身に引き付けている作者だからこそ、季語の選択が絶妙である。観戦の外野席に、駒返る草の葉にくすぐられるような感覚を明快に表現している。

やうやくに土ゆるまりて蕗の薹野口栄子

 春浅い庭の枯草や雪の間から浅緑色の蕗の薹が頭を擡げているのを発見。春の先ぶれとして明るく弾むような気持ちが素直に伝わってくる。摘み取って口にした時のほろ苦さと特有の芳香が何とも言えない。土も柔らかくほぐれるようになって、新鮮な蕗の薹を摘み取り味わう至福を心待ちにしている句である。

人影の土手につらなる大野焼福田初枝

 作者から、この句は渡良瀬遊水地の野焼きの光景と思われる。栃木、埼玉、茨木、群馬の四県に跨る春の風物詩である。足尾鉱毒事件による鉱毒を沈殿させ無害化することと、河川の氾濫をなくすのを目的に、渡良瀬川下流に造られた遊水地。東京ドーム700個分の広さの、半分が葭原で3月中に野焼きをする。激しく燃え上がる光景は迫力がある。刈り取った葭は、葭簀などの地場産業に利用されている。
 土手の黒い人影は、観光客やカメラマンの様子であろう。写生句から歴史の背景が浮かびあがってくる興味深い貴重な俳句である。

春一番絵馬を鳴らして神起こす廣中香代子

 立春が過ぎて初めて吹く強い南風が春一番。春の到来を告げる風ながら、気圧配置により一気に荒々しく吹きまくる。この句の「神起こす」の措辞が巧みで、春一番に翻弄されている独自の捉え方に新鮮さを感じる。