「雨読集」4月号 感想                        児玉真知子  

朝の日に虹色放つ氷面鏡小山田淑子

 季語の氷面鏡とは氷が厚く張り、表面が鏡のようにきらめき、物が映って見える状態の事。この氷の鏡に朝日が当たり、7つの色彩がきらきらと眩しい。幻想的な季語が味わい深く的確に表現されている。自分の心も虹色のように晴れやかな気分になってくる。

冬うらら露地にケンパのチョークの輪尾碕三美

 寒い冬でも時々晴れてうらうらとした日差しを満喫。気持ちも充実して穏やかに感じる冬の暖かい日、露地裏から子らの弾んだ声が聞こえてくる。地面にけん(片足)と、ぱ(両足)をついてジャケンをしながら進んでいく遊びがケンパ。子どもの頃に日暮れまで遊んだのを思い出す。遊んだ後には地面にチョークで描いた輪だけが薄く残っているのをよく目にする。季語の効いた懐かしい句である。

樟脳の匂ふ角巻干す農婦桜田品絵

 作者は、珍しい角巻を丁寧に干している農家の主婦と言葉を交わしたのでしょう。樟脳が匂う角巻と作者との距離感が想像できる。角巻は雪国などの女性の防寒着で、最近はあまり見かけない。毛布のような天然素材の羊毛が使用されているので暖かいが、虫が付き やすく保管には特に気を遣う。
 
昔から衣類の防虫剤として樟脳が使われている。樟脳の匂いを取るために風通しの良い庭の日陰に角巻を干している光景を素直にむだなく表現している。毎年、大切に保管し着こなしている主婦の思い出の詰まっている1着なのでしょう。

天心の墓に箒目椿落つ根本孝子

 岡倉天心は、明治時代の日本の思想家で日本美術を世界に紹介。日本画改革、古美術品の保存、東京美術学校の創設等、日本近代美術の発展に大きな功績を残している。
 
天心は晩年、思索と静養の場として、茨城県五浦に居を構えて生涯のすべてを自らの思想に捧げた。50歳で亡くなった天心の意志を汲み五浦の天心旧居の裏山に分骨された。静寂で椀を伏せたような簡素な饅頭墓である。墓の周りは綺麗に手入れが行き届き、椿が供花のごとく色を添え印象的である。天心の墓には椿が相応しく情趣ある作品に仕上がっている。

梨畑に厚き敷藁寒の入林あきの

 作者のお住まいに近い多摩川流域は、多摩川梨で有名である。美味しい良質な梨を収穫するために、1年のうちで寒さが最も厳しい寒に入る1月5日頃、正月気分の抜けきらないうちに、土作りの作業等を行っていく。梨畑に溝を掘り枯葉や厩舎の敷藁を踏んで敷き詰め、堆肥化するため土寄せをしていく作業をしっかりと平明に詠み込んで興味深い。気候の影響があるので梨園は大変ですが、8月上旬から品種によって10月末頃まで梨狩りが楽しめるので待ち遠しい。

古里の色となりたる雑煮かな深沢伊都子

 雑煮は餅を入れた汁もので正月三が日に食べることが多い。東日本では角餅ですまし仕立て、西日本は丸餅で白味噌仕立てなど特徴がある。東日本は武家文化の影響で失敗すると「味噌をつける」と表現するところから、味噌を使わないようで、すまし汁のお雑煮が広まったと言われている。各家庭のそれぞれの味に馴染んでいくが、年を重ねるごとに古里の味が郷愁を誘うように感じる。

一歩づつ進む神苑淑気満つ前阪洋子

 新春の天地に瑞祥の気が満ち満ちているめでたい厳かな気配の中、神苑を「1歩づつ進む」の表現から清澄な情景が浮かんでくる。1読して清々しい気持ちになり思わず深呼吸したくなる。表現の単純化の効果が生きている1句である。

威を張りて梢高きに寒鴉横山澄子

 荒涼とした冬を生き抜く鴉の黒い姿が寒々しい。高所に止まり、「威を張りて」の措辞に強調されているように、下の物の動きを窺っている様子は、獲物を物色しているようで不気味である。また賢い鳥だけにふてぶてしくも見える。この句は、対象をしっかりと見据え、写生の目で的確に捉えている句である。

夕さりて笹鳴交はす峠道住田うしほ

 冬季の鶯は藪で暮らし、子がまだ鳴けずにチャッチャッとおさえた鳴き方を「笹鳴」と言う。夕方、峠道のあちこちで微かな笹鳴が聞こえてくる。まだ寒さも厳しい峠道を急いでいる作者は、この笹鳴に疲れも心地よく、癒されているように思われる。小さい命の確かさを感じとり伸びやかな句に仕上げている。