今月の秀句 棚山波朗抄出
耕人集」 2018年3月号  (会員作品)

手焙や語り部囲む鄙の宿伯井茂   

冬夕焼山に棲むもの皆淋し坂本幸子

初夢や自照の一句ととのはず中村宍栗

山小屋に残る灯一つ冬銀河徳本道子

冬ざれや池の底ひに影も無し祢津あきら

 鑑賞の手引き    蟇目良雨

手焙や語り部囲む鄙の宿
 手焙(火鉢)のある宿で語り部を囲んで昔話を聞いている光景。手焙という装置が句に懐かしさを与えた。「鄙の宿」の鄙は月並のようであるがツボを押さえた言葉になっている。

冬夕焼山に棲むもの皆淋し
 冬夕焼の短い束の間の美しさに触発された作者の意識。冬山に棲む生きとし生けるものの淋しさに思いが至った作者の思いやりの心が共感を広げる。

初夢や自照の一句ととのはず
 <旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭蕉>などが自照の一句といえるか。まさに生涯の一句を求めて俳人は苦悩する。初夢でも得られなかったところに俳諧性がある。いいところに来ている作者の実力が見えるようだ。

山小屋に残る灯一つ冬銀河
 山小屋に灯が見えなかったら生活感が無くなってしまう。冬銀河のほとりに生活の灯が見えるところがこの句の良さ。青白い冬銀河の色に隣りて赤い生活の灯が見える。画竜点睛となる赤い灯。

冬ざれや池の底ひに影も無し
 蕭条とした冬景色は摑みどころがない。ふと視線を池の底まで移せばそこには見るべき影が無い。「冬ざれ」は池の底に極まっていたことを発見した作者の目。

どの句も一字一句の入替えを許さない完成度を持つ。こうした句を目指して欲しい。