今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2018年9月号 (会員作品)

路地奥に水足してゐる金魚売大林明彦

上水の流れかはらず太宰の忌深沢伊都子

蕗の葉をうがつ雨降る七七忌正田きみ子

緑蔭に丸太の椅子の長々と斉藤房子

百歳の母恋ふ母の古茶新茶小池まさ子

鑑賞の手引き 蟇目良雨

路地奥に水足してゐる金魚売
 金魚売の命は水の補給。それも水道水は塩素が入っているので使えない。金魚売は道中の何処に真水があるかを知っていて売り歩く。路地の奥にポンプ井戸があるのかも知れない。或いは顔見知りになった家から貰っていたのかも知れない。真水を補給する金魚売の会話が聞こえてきそうな句。

上水の流れかはらず太宰の忌
 太宰治が死んでからもう70年になる。しかも39歳の若さで死んだとは改めて驚きだ。彼の風貌はとても39歳には見えない。書くべきものは書き切ったと思わせる風格が太宰にはある。亡くなった玉川上水は当時と変わらずに流れを続けている。作者の心にむくむくと文学への炎が湧き上がったことだろう。

蕗の葉をうがつ雨降る七七忌
 身内の七七忌なのだろうか。折から強い雨が降っていて蕗の葉に穴をあける程激しかったことから、死者の生前の激しさを回想している作者がそこにいるようだ。写生句であるが「うがつ」ほど強いという表現が写生に現実感を加味してくれた。

緑蔭に丸太の椅子の長々と
 丸太作りの素朴なベンチがあるだけの緑蔭の下の光景である。青々とした木々の葉込みから差す光線が丸太のベンチに集まっている。ただそれだけであるが緑蔭の静かな時間に包まれた風景が心地いいのである。

百歳の母恋ふ母の古茶新茶
 ここには三人の家族がいる。百歳の母とその娘。もう70歳を超えているのだろう。そしてそれを見ている孫の作者。百歳の母には新茶を淹れてあげ、自分たちは古茶を楽しむ図である。百歳で元気な母を囲んでみんなが元気を貰っている。