今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2018年10月号 (会員作品)
端居して綾子の郷の山眺む居相みな子
詮もなき鸚鵡返しの暑さかな酒井登美子
揺らめきは水と金魚と我が心伊藤克子
あの頃の話持ち寄る終戦日丸川房子
夜の秋や小津の映画を巻き戻す平照子
良く笑ふ前歯の抜けし裸の子古屋美智子
鑑賞の手引き 蟇目良雨
端居して綾子の郷の山眺む
綾子とは細見綾子のことだろう。生家は丹波篠山青垣町にある。昨年「細見綾子生家」として一般公開され多くの俳句愛好者に親しまれている。作者は宇治にお住まいの方だから、旅先での1句であろう。端居して綾子の古里の山を眺めていると一歩綾子に近づいた気分になった筈だ。多くを言わないが綾子の愛好者であることが分る作品。
詮もなき鸚鵡返しの暑さかな
平成30年の暑さは「危険な暑さ」といわれるほどであった。しかもその暑さが鸚鵡返しのように毎日襲ってくるというほど作者にとっては大変であったと思う。「詮もなき」の言葉が異常事態であることを示してくれる。
揺らめきは水と金魚と我が心
金魚鉢や金魚の泳ぐ池を見ての作品。金魚の動くにつれて立つ波をじっと見ていると、波の揺らめきが心の中にまで入り込んできた。久しぶりに心の揺らぎを感じた一瞬。心の揺らぎのない人生なんてつまらない。
あの頃の話持ち寄る終戦日
終戦からはや73年が経った。多くの方が戦争の悲惨な体験を忘れてしまわれている現在である。その終戦日にあたり空襲のことや肉親の死のことを持ち寄ったのである。「あの頃の話」と簡単に言ってしまっているが重い表現であることを、句を鑑賞するときは味わいたい。
夜の秋や小津の映画を巻き戻す
普通、映画を巻き戻すと言えば、映画関係者が大きな映写機や編集機を操作して巻き戻す様子を想像する。この句が現代的と言えるのは「小津の映画」が家庭でも見られるビデオテープやDVDに収められていることである。秋近き一夜に小津の映画を鑑賞して思い出の場面を巻き戻して再び見る作者の姿がしみじみと出ている。
良く笑ふ前歯の抜けし裸の子
元気な裸の子をよく写生している。中七の「前歯の抜けし」があることによって暴れん坊盛りの子供が想像される。しっかりと写生している好例である。
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