今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2020年1月号 (会員作品)

余白から生まれしやうに残る虫竹花美代惠

鳥渡るもつとも青き空の下秋山淳一

冬の池無限の青を映しをり田邊朱美

野の草にさやぐ風音秋深し久野静江

切り離す貨車一輌の音も冬内田節子

 

鑑賞の手引 蟇目良雨

余白から生まれしやうに残る虫
 秋も深まりもう虫の鳴くことも無くなったと感じていたある日、突然虫の声が聞えた。その唐突さは季節の移り目の僅かな余白から生まれたように作者は感じた。余白に生きる虫の切なさを我が身に置き換えて感じたのではないだろうか。

鳥渡るもつとも青き空の下
 渡り鳥の訪れた日の美しい青空を作者はどうしても言いたかったのだろう。雲の間を抜けて来たり、夕闇に紛れて来たり色々な飛び方をする渡り鳥である。作者のお住まいの多摩地方の美しい青空を渡り鳥に自慢しているようでもある。

冬の池無限の青を映しをり
 池面に映っている空の青さをこのように表現することはなかなか出来ない。このとき池はさざ波すら許さず、空を丸ごと映していたに違いない。実際の空よりさらに青い色が池に映っている。これを無限の青と表現したことを評価したい。

野の草にさやぐ風音秋深し
 この景色にズームインしてみよう。丈の低い野の草を注意深く見ると少し揺れている。更に近づくと風音が少し聞こえてくる。風らしいものは特に感じない野原であるが屈んでみると確かに聞こえてくる風音。秋の深まりを感じる瞬間だ。

切り離す貨車一輌の音も冬
 この景色にはわずかな音しか聞こえてこない。昔のように人力でやっているのだろうか。私の知っている貨車の切り離しなら、機関車が押してきた先頭の貨車を一輌だけ切り離すとその貨車は慣性に任せて進んでゆく。離れた荷下ろし場まで静かに進んでゆく。聞こえてくるのは線路に軋む音だけである。寂しげな音を立てて。これが冬の音である。