今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2020年5月号 (会員作品)

薄雲に日輪の影涅槃寺秋山淳一

日溜りの納屋によこたふ恋の猫鈴木吉光

春めくや見馴れぬ鳥の裏庭に船山励三

軒下に藁を垂らして雀の巣居相みな子

巌頭に兜巾の行者送水会畑宵村 

鑑賞の手引 蟇目良雨

薄雲に日輪の影涅槃寺
 涅槃図に描かれている釈迦寂滅のさまは静かな悲しみを与えている。そして悲しみを湛える効果に薄く棚引く雲の存在も与っている。現実の光景にも日輪を薄雲が覆っているのを見て作者は不思議に思ったことだろう。

日溜りの納屋によこたふ恋の猫 
 恋を済ませた猫に安寧を与えてくれるのは誰もいない静かな場所であろう。母屋に戻ってこなくて納屋の日溜まりに心身を休めている図である。

春めくや見馴れぬ鳥の裏庭に
 いつもは殺風景な裏庭に見知らぬ鳥が来ている。思わぬ来訪者の存在に春を実感したのである。

軒下に藁を垂らして雀の巣
 懐かしい光景だと思う。戦後の住宅は節のある板で壁を覆っていた。その節が抜けると穴が開き雀などが入りこんで巣をつくったものである。掲句は軒下に垂れている藁を辿ってゆき雀の巣に気が付いた。あまり使われていない祠のような感じがする。

巌頭に兜巾の行者送水会
 奈良の東大寺お水取りに使う水を若狭から送ることを送水会という。珍しい光景だが、流石地元の俳人の目にかかるとしっかりと写生されている。兜巾を被った行者が岩頭から水を注ぐとそれが東大寺の若狭井に届くという行事だ。岩頭を巌頭と表現して荒々しさが出せた。