今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2022年8月号 (会員作品)

塒へと続く一刷毛春の虹澤井京
 虹の一方の端がねぐらのある森に繋がっているところを写生にしたものであるが、ねぐらを塒と表記して、鳥のねぐらとも人間のねぐらとも思える効果を出している。コロナ禍の混乱や戦争の足音の聞える不安な時代にあって、春の虹のような儚いものに、今生きている幸せを感じようとする作者の積極的な姿が表現されている。「春の虹」が効いている。

ロシアロシア溢るる活字走り梅雨石井淑子
 日露戦争の時代なら未だしも何故、ロシアの活字が紙面に溢れているのかと疑問に思った率直な気持ちが一句になった。愚かな指導者の政策が自国民、他国民に悲劇を与えてきたことは歴史が証明している。それでも過ちを繰り返す人間の弱さよ。未だ元に戻せそうな期待を走り梅雨の季語が暗示していそうだ。

竹の子の根元ためらひ疵の有り石橋紀美子
 ためらい傷とは自傷行為のさいためらうことによって浅くついた傷のこと。筍を掘り出す際に根元に付けられたいくつかの傷がためらい傷に似ていた。複雑な思ひ出が作者の心をよぎったことだろう。

鳩の巣の驟雨に耐へず卵落つ丸山きみ子
 夕立の激しさに鳩の巣から抱卵中の卵が零れ落ちたことから降雨量の激しさが想像できる。この巣はどこにあったのか分からないが庭木の中にあって作者がバルコニーから望めるものだった可能性がある。夕立の激しさをうまく表現できた。

木洩れ日を乗せはらはらと竹落葉金澤八寿子
 竹落葉は筍の出る頃に古竹に養分が行き渡らずに葉が落ちることをいう夏の現象である。竹の葉が落ちるさまは色々とあり、錐揉みしながら落ちるもの、水平を保って回転するものなど見ていて楽しい。そして一枚一枚に木漏れ日が乗っていてきらきらと輝いて見える。

スキップの孫と茅の輪をくぐりけり山宮有為子
 夏越の祓いで茅の輪をくぐることは楽しい。八の字の2回廻れなどと指示がありこの教えに従ってゆっくりと時間をたのしむのもよいが、孫を連れて、スキップをしてさっと潜り抜ける孫を真似て素早く潜り抜けるのも新鮮だったと感じて一句になった。若返ったことだろう。

納骨すひとり緑雨に残されて林美沙子
 御家族を亡くされて緑雨の中にひとり取り残されたと呟いておられるが緑雨が再生の雨となって作者を元気づけてくれることと願う。緑雨は作者を蘇らせるはずだ。

 ―― その他注目した句 ――
せせらぎを伴奏にして河鹿笛北原昌子
ばつさりとショートカットや夏に入る船越嘉代子
万緑や歌碑をよみとく関所跡花枝茂子