今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2022年7月号 (会員作品)

転舵して五月の風を裏返す飯田畦歩
 五月の風の中を走るヨットが風上へジグザグ走行をする過程で転舵した瞬間を「風を裏返す」と把握した。
 例えば帆の右側を膨らませていた風が急に左側を膨らませるようになったということだ。暑くもなく寒くもない五月の風が気持ちよい。青春を思わせる俳句。〈鯛の骨せせるや憲法記念の日〉も異色の作品。

繕ひのひと目ひと目に春惜しむ岩﨑のぞみ
 春の終りに繕い物をしている。そのひと目ひと目を縫うたびに思い出が蘇って来る。作者にとってその繕い物はどうしても春の終りを告げるものでなければならなかったのだろう。発掘作業に携わっておられるとのこと。作業ズボンの膝などを繕っていたと想像すれば句を理解し易い。<古墳道地図を片手に青き踏む>から古墳好きが分かるようだ。

立教に長嶋在りし蔦若葉高橋栄
 日本人の好きな物の代表として「巨人・大鵬・玉子焼」という言葉が流行った時代がある。このうち巨人は野球の読売ジャイアンツであり川上監督が率いて九連覇した全盛期の巨人。この中に長嶋や王がいて国民を楽しませてくれた。蔦若葉は立教大学の建物に絡みつき六大学野球でも鳴らした長嶋の母校。一時代を活写した句。

捨つるべき思ひ出多し更衣石本英彦
 更衣は衣装を季節に合わせて着替えることだが、衣類の虫干しや整理も兼ねているのが実情。冬物から夏物に衣類を整理していると古着めいたものも出てくる。それを捨てると言うことはその服に纏わる思い出も捨てることになる。断捨離を求められる現在つらい決断を迫られる。

占ひに金運ありと万愚節小川爾美子
 占いは確率の問題だから当たることもあるが、宝くじの例を見ても一等を当てた人は身の回りにいないほどの厳しい現実。たまたま占いで金運がありますと言われても慰めにしか感じない冷静な作者が居る。万愚節がところを得ている。

ひしやげ出でいよよ玉なす石鹼玉廣仲香代子
 石鹸液が玉になる瞬間を描写した。吹口の先から膨らみ出るとき始めは歪んで出るがみるみる真円のしゃぼん玉になって飛んで行くさまをしっかり観察している。「いよよ玉なす」に安堵感がにじんでいる。

 その他注目した句

無医村に開院のビラ燕来る金子正治
風強しとうすみの目の動かざる金井延子
指先に痛みの余熱山椒の芽日置祥子
谷間の深き青空花こぶし澤井京