今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年1月号 (会員作品)

鯛焼に行列できる街に住み高橋栄
 俳句は小さな驚きや発見を述べる詩。作者は鯛焼に行列ができることに驚き、そんな街に住んだことに喜んだのだろう。鯛焼の本場、東京に住んでの感慨。同時作<ぐつたりと皿に横たふ熟柿かな>も写生の目が確かだと思う。

燭の灯のひと揺れもせぬ秋思かな弾塚直子
 蠟燭の焔は室内の僅かな風にも揺れる。そんな焔がひと揺れもしない刹那に作者は秋思を感じたのだ。静謐な空間での秋思は作者に何を与えたのだろうか。

深吉野の真闇を透かしすいと鳴く中谷恵美子
 この句の眼目は「真闇を透かし」にある。深吉野の闇の深さ、その闇を貫くようなすいとの声。深吉野の雰囲気が確かに伝わってくる。すいと=馬追。

雨一夜やにはに深む秋の色澤井京
 季節の移ろいは中々はっきりと目に見えるものではない。それでも何かのきっかけで一気に移ろってゆくのだろう。秋色が深まるのを昨夜の雨がきっかけだったことを感じ取ったことが一句になった。

艶やかな女形の舞や文化の日森安子
 文化について考えさせられた一句。女形は日本の歌舞伎の一様式。京劇にもあるが呼び方は男旦(なんだん)と言うらしい。女形は男が女になり切って演ずるが、時には本当に女なり切って男を愛する役者も出て来る。LGBTが認知された現在、性について深く考える必要があり、芭蕉の衆道も作品にどう影響したか考えるべきと思う。

夕やみに星こぼれけり石蕗の花野口栄子
 暗くなった夕空に星が流れたのが見えたのだが、石蕗の花は夕暮を迎えてもはっきりと見えますというのが句意。
 感じたことを一句に表現することに成功している。

敗荷の折れて三角四角かな岩波幸
 蓮が枯れて茎だけになり蓮の骨といわれるようになると折れ曲がる。その様子を三角に折れ、四角に折れ曲がっていると見做した断定が潔いと思う。俳句は断定の詩。好き嫌いは読者に任せよう。

無花果の葉ばさりばさりと落ちはじむ金井延子
 実がたわわに下がる頃は葉がばさりばさりと落ちることに納得。

双塔の影を乱して雁来たる岡本利惠子
 薬師寺の双塔を乱すほど沢山の雁が渡って来たのだろう。

十年の看とり終へたる木の葉髪大胡芳子
 私の体験でも看取りは十年かかる。しかし木の葉髪は美しくなるはず。