今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年2月号 (会員作品)
船頭は陸に身を解く木の葉髪峯尾雅文
ひと仕事を終えた船頭が陸(くが)に上がって身支度を整えているとはらはらと木の葉髪が落ちた光景ながら、流れるようなリズムと言葉の配置によって一篇の時代小説を味わう雰囲気を漂わせている。船頭は老いてはいれど陸で見事に変身したに相違ない。
樟脳の香とすれ違ふ一葉忌弾塚直子
一葉忌の日に町を歩いていると樟脳の匂いをさせる人とすれ違った。樟脳の匂いを消す余裕もなく服を着ざるを得ない人の事情を、つい、一葉の身の上に置き換えている作者の優しい眼差しが重なる。
ときめきの葡萄新酒よ茜さす酒井杏子
「葡萄酒醸す」という季語があるが「葡萄新酒」でいいのではないだろうか。日本酒の新酒は現在では寒造りが主流となり新米で醸造するという秋の感覚は無くなったと言われる。それに比べて葡萄新酒はまさに秋のものである。ボジョレーヌーボー以外にも国産の美味しい葡萄新酒が出回って嬉しい季節だ。
障子貼る夫との会話さかのぼる鳥羽サチイ
仕事で居ない父を除いて母ときょうだい五人で障子貼りをやった私の記憶が蘇る。もうお喋りは留まることを知らなくなる。掲句の作者は子育ても済み二人だけの会話になったが話が遡って馴初めの頃の話に花が咲いたことだろう。
高張に火の入る夜空一の酉神部有可里
酉の市のどこの光景でもいいと思いながら、地方都市の淋し気な一の酉の様子が思い浮かぶのは、高張に火が入った夜空の美しさは都心では味わえない気がしたからである。万太郎の〈たかだかとあはれは三の酉の月〉も明治の浅草の夜空だからしみじみとしている。
走つては潜つては鳰遠ざかる中村岷子
この句の眼目は「走つて」にあるだろう。岸辺の鳰が何かに驚いてまだ残る浮葉の上を走り、水に潜って安全な沼の中ほどへ遠ざかる様子が生き生きと描かれている。
糸屑の指を離れぬ縁小春小島利子
作者は見たままを描写しただけかも知れないが結果として空気を写生することに成功している作品と思う。縁先での繕い物の仕事を描いたのだろうか、指先に糸くずが絡んで離れない。空気が乾燥してくるとこうしたことはよく体験する。
〈その他注目した句〉
おみくじの大吉納め下元かな青木典子
あの中のひとつは母か枯木星小林美智子
初時雨鬢付け匂ふ博多の夜高橋栄
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