今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年11月号 (会員作品)
花むくげ祖父はいつでも庭から来弾塚直子
春耕のモットーは「自然と人間の中に新しい美を探求する」ことです。従って作品に人間が描かれていないと「絵葉書的」とされることがあります。掲句には祖父の在り方が巧まずして出ていると感じました。職を退いて悠々自適の祖父が可愛い孫の家庭に足繫く通う様子が暗示され、この幸せな時間が続いて欲しいと思う作者の希望が逆説的に「花むくげ」に託されています。
子を抱きて輪に入る父の盆踊横山澄子
この句から色々な父親像が思い浮かびました。乳飲み子を引き取って妻にも踊を楽しませてあげる優しい父親像、踊上手なので幼子に早くから踊の楽しさを体感させている親馬鹿な姿、根っから地元の盆踊を楽しむ父親像が良き日本の姿を示してくれます。
カンナ濃し爆心地へと坂がかり小島利子
正確な写生に感心した。「爆心地へ坂がかり」によって長崎の地形が思い浮かびます。坂を登る大変さにカンナがこれでもかとばかり暑苦しい色を見せています。烈日の下の長崎の原爆忌を詠った作品になりました。
「海潮音」誦してそぞろ秋の浜関野みち子
上田敏の訳詩集「海潮音」の1節を口遊んで秋の浜に心落ち着かない様子を描いて秋思の作者を示したと思う。集中のヴェルレエヌの「落葉」でも口ずさんでいるのだろうか。上田敏は虚子と同年だが外国語に詳しい家族を持ち多言語に通じていて、詩の持つ音楽性まで訳し切ったことで有名で、多くの詩人・文人に影響を及ぼした。
ひとり入りふたり欠けゆく踊の輪十河公比古
盆踊も終盤に入った光景か。夜も更けて踊に加わる人よりも抜ける人数が多くなり、そして誰も居なくなる。地元でじっくり盆踊に参加するからこそ得られる光景である。
新涼や包丁を研ぐ我を研ぐ赤荻千恵子
暑さも落ち着いて迎えた新涼の日に包丁を研いで心を新たにしようとしているうちに、包丁を研いで整えることは即ち自分の心を研ぐことに他ならないと気づいて出来た1句。
帰り来てかなぐり捨てむ汗のシャツ小川爾美子
「捨てし」でなく「捨てむ」だからこれから捨てるだろうと思っている状態。御主人の帰宅を待って想像しているのだろうか。今年の酷かった暑さが1句に描き止められた。
夕焼の彩すさまじや厄日暮る桑島三枝子
厄日の二百十日、、二百二十日が無事過ぎたが、夕焼けの彩だけは凄まじいほどであったと改めて自然の怖さに思いを寄せている。
〈その他注目した句〉
母の忌や雨に井桁の吊忍源敏
敦煌の月を砂丘の上に見る居相みな子
長き夜の持て余したる静寂かな斉藤文々
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