今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年5月号 (会員作品)

蕗味噌や日の出待たずに山仕事峯尾雅文
 切れの良い句である。「蕗味噌や」と打ち出して、朝飯に食べたとも、弁当の握り飯に混ぜたとも言っていない。蕗味噌の季節のまだ肌寒い頃の山仕事に出かける樵の労働を淡々と描いている。蕗味噌の香りが山中に漂い続けている。俳句のお手本のような形を得たと思う。

見はるかす空のあをさよ花菜の黄小林美智子
 作者のお住まいの奥多摩の空の青さが眼に浮かぶ。山に狭められている空をしっかり見ようとする気持ちが「見はるかす」に出ていると思った。青と黄のコントラストが自然に完成している。

たそがれの雲の切れ間に鳥帰る今江ツル子
 春になり渡り鳥たちが帰って行く。白昼堂々と帰りたいであろうが、猛禽類を避けるために思案する知恵が、黄昏のしかも雲の切れ間を選んで飛ぶことを決断させたのだろう。日の出前に帰る鳥もいるし、白鳥や鶴などの大型の鳥は昼に飛び帰るのを見かける。

吹越や猟路の小野を訪ぬれば日浦景子
 同時作〈勧請や鹿路の里に残る雪〉にもある猟路(かりじ)、鹿路(ろくろ)は宇陀から東吉野に抜ける道すがらにある万葉ゆかりの地。山あいの道を行けば吹越がキラキラと舞ってくる。万葉の歌の一語一語のように輝いて。

宇陀の野にいのち幸ふ鳥の恋中谷恵美子
 同時作〈春暁や阿騎の大野に人麻呂像〉で分かるようにこれらの句も宇陀の作品。鳥の恋が「いのち幸ふ(さきわう)」ように見えるのも万葉の世界に浸りきっているから。羨ましい土地である。

碧海を見下ろす丘や躑躅燃ゆ與那覇月江
 崖をなす地形が思い浮かぶ沖縄独特の景色。見下ろせば碧海があり、丘の上には躑躅が燃えている。淡々と写生して一幅の絵が完成した。今後は人間の生活の一こまを取り入れると幅が広がるはず。

双肩に湯気立ち上がる寒げいこ須藤真美子
 同時作〈外に干す野良着斜めに凍りけり〉にあるように凍ての厳しいところのようだ。寒稽古で湯気が立つという句はよく目にするが「双肩に湯気立つ」と一歩突っ込んだ写生が一句を引締めた。

〈その他注目した句〉

五位鷺の冠羽揺らして木の芽風安奈朝
 木の芽どきの乏しい景色を彩る冠羽。

羅漢岩包んで飛べり波の花池田栄
 羅漢岩にへばりつく波の花も見える。

春の鳥九輪の中に見えかくれ千野弘枝
 塔の九輪の中へ持ち込む鳥の恋。

手術して目玉に映る春の月藤原弘
 白内障手術の後の鮮明さの驚きか。