今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年6月号 (会員作品)
裏高尾断食寺に残る雪河田美好
力強い立句である。大摑みの把握がその理由かも知れぬ。どこそこの寺で断食をやっていて周囲は残雪であったと書けば単なる報告になってしまうところを、敢えてぶつ切りにしたように表現したことにより力強くなった。裏高尾と打ち出し、断食寺に残る雪と収めた作者の力量が感じられる。
会へぬ間に背丈を伸ばし合格す日浦景子
この句、「合格す」を「卒業す」と置き換えることは出来ない。背景にはコロナ禍があり、会えない間に高校に入学する孫の予期せぬ成長を遂げた喜びを表しているからである。入ってしまえばよほどのことが無い限り卒業できることに較べて入学試験は大事業だ。中学から高校に移る頃が成長著しい事を知っている。
纜の張りてはこぼす牡丹雪鳥羽サチイ
繋留してある船の綱が伸びて、積もっていた春の大粒な牡丹雪を落とした景色。湿り気を帯びた春の雪なのでかなりの嵩に積もったボリューム感が見えるようだ。単に雪と書くより牡丹雪とした効果が出ている。写生の眼が効いている。
甲州古道雪まだ残る雛祭神部有可里
古道沿いに雛を飾る家並がつづく様子が窺われる。寒々した街道に春の訪れを寿ぐ人々の息遣いが聞えて来そうな静寂感が思われる。この句、甲州古道と固有名詞を使って違和感が無い。
揚雲雀空のまさをに見失ふ日置祥子
見失うということはそれまで見えていた揚雲雀が一瞬見えなくなったということだ。空の青さを強調して真青と見做したところにその日の空が如何に澄み切っていたかが想像できる。見失っても空からは雲雀の声が聞こえてくる。
木曾馬の開田高原牧開く齊藤俊夫
この句も開田高原と固有名詞を使って分かり易くなった。固有名詞に頼ることはその内避けなければならなくなるが、この句のように使ってみるとすぐにでも行きたくなるから不思議だ。
一幅のけふより遺品桜東風大胡芳子
同じような作り方の作品があるが、この句は具体的に一幅の絵が今日から遺品になったと表現したことで臨場感がある。遺愛の絵に見つめられて亡くなった人を偲ぶ気持が伝わる。
その他佳句
ふたりゐて一人の心夕桜岩波幸
母を背にふと過ぎる歌啄木忌小林美智子
納骨や雨にけぶらふ山桜今江ツル子
立ち昇る鈴鹿の峰へ杉花粉山下善久
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