今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年7月号 (会員作品)

日を容れて聖杯のごとチューリップ弾塚直子
 比喩俳句は中々成功しないがチューリプを聖杯と見立てて発見があった。盃の下に長いステムがあり葉は把手に見えて来るからまさに聖杯に相応しい形が想像される。日を容れると表現したことで空想の聖杯であることを示し節度のある作り方をしていることが分かる。

紅さして四月の一歩新しき岩﨑のぞみ
 現在は4月が様々な始まりになっている。年度替わりの始まりだ。紅をさす女性は当たり前かもしれないが新年度の始まりだからと気概を持って紅を引くところに作者の意気込みが感じられる。

車座の下戸は静かに豆の飯池田年成 

 酒席で盛り上がる連中を見ながら下戸の自分は豆飯を静かに食べているという光景。酒飲みは酒に蘊蓄を傾け、下戸は食べ物に味わいを深める。それぞれの楽しみを許容する大人がここにはいる。

夏祭人でふくらむ神田山島村若子
 神田祭の神田明神は元々大手町にあったが神田山といわれた現在地に移された。すぐ前を神田川が流れているので万太郎は〈神田川祭の中を流れけり〉と詠った。作者は昔に戻って神田山が夏祭で賑わっている様子を描き新鮮さを得た。

春眠に浮力のありて逆らへず鈴木さつき
 春眠の時のあのどうしようもない眠たさは何処から来るのだろうかと思い立った作者の結論は、春眠に浮力があるので抑えることが出来ないということ。こう言れてみると浮力が現実味を帯びて読者の頭の中を駆け巡る。

雪折の枝そのままに咲く桜十河公比古
 折れたばかりの生生しい枝から桜が咲いたことに作者は驚いた。雪国の桜たちの力強さを見る思いだ。「雪折」も「桜」も季語であるがこの句の場合のように生々しさを表現するには致し方ない使い方と思う。勿論主たる季語は桜である。

青芝の本初子午線犬駆ける加藤くるみ
 外国のことに疎いと本初子午線は何だろうかと分かりづらいが、イギリスの旧グリニッジ天文台跡を通る子午線のことと分かると一気に親し気な光景が浮かんでくる。作者は外国の生活に詳しく〈ヒンズーの祈雨や男ら仰向けに〉〈ワイン畑南夕立北は晴れ〉〈アザーン聞きNATOの兵と鰻食ふ〉どの句も目に浮かぶような光景だ。今後に期待したい。

春宵や一番出汁の黄金色大胡芳子
 鰹節の一番出汁が美味しそうに黄金色に仕上がった。どんな季節でもいいように思えるが作者にとっては春宵に拘りがあるのだろう。春のたのしい宴が想像される。

朝焼にひびきて五時の時の鐘中村宍粟
 高齢の作者が5時起きなのは分かる。折から5時の時の鐘が寺から聞こえて来る。気温がぐんぐん上がる朝焼の色に今日1日の覚悟を決めたに相違ない。