今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年11月号 (会員作品)

朝顔のこみあげる紺ありにけり高瀬栄子
 朝顔の紺を正面に据えて詠うのは中々難しいが、こみ上げる紺と詠って成功した。「朝顔に」ともいえるがそれでは傍観者になってしまうので「朝顔の」として朝顔と同化したと思う。一字の大切さを思う。

斜光受くる波は七色秋の湖村上啓子
 斜光という固い言葉が抽象画のように見せる効果を出している。朝ないし夕方の斜めに指す日光に波が七色に見える秋の湖の澄み切った空気感が見事だ。

仮の世と云ふ世の秋や友の逝く佐藤和子
 この世は仮の世だと言われていることを言葉では知っているが、いざ友が亡くなってみるとその実感が深い世の秋だなあと嘆いている作者の姿が簡潔に表れている。

炎天下単車で走る僧若き鈴木ルリ子
 この句は次の句と対にして読むと趣がある。<ひもすがらクーラーつけて長電話
余りの暑さにクーラーをつけて長電話していたら外の炎天下を若い僧が単車で走っている様子を目にして、己を恥ずかしがっている作者がいる。

目覚しより先に鳴り出す蟬の声船越嘉代子
 目覚時計が鳴り出す前に蟬の声が「鳴り出し」たと、蟬を目覚時計代りに扱って句が面白くなった。蟬が「鳴き出す」ではないところに味がある。

AIに問ひて決めたきお中元小杉和子
 新しいもの好きな作者なのだろう。今流行りの AI(Artificial Intelligence人工知能)に、送るお中元の品を決めてみたいと願っている。毎年同じものを送るのもどうかと思う人が頼りたくなる気持ちがよく分かる。

温め酒猪口の蛇の目に酔ひにけり斉藤文々
 温酒(あたためざけ)は重陽の日を境にして飲むべしと中国から伝わった。江戸の滝沢馬琴の歳時記にも書いてある。さて句は酒に酔うというより猪口の底に描いてある蛇の目印を見ていて酔ってしまったという発想が楽しい。温め酒(ぬくめざけ)とも言う。

かなかなや終り見え来し物語北原昌子
 かなかなの声は合唱になると激しく聞こえるが、単発の声は静かで澄んでいて物悲しく聞こえる。今読んでいる本或いはドラマの終りが見え始めたと思ったころに聞くかなかなの声は物語の終章に相応しく聞こえたのだろう。着想が素晴らしい作品。

渦潮の宿や出前の阿波踊齊藤俊夫
 出前といえば寿司や料理の仕出しである。徳島の渦潮観光に泊った宿では阿波踊の出前があって驚いた作者がいる。

傍聞き色なき風の中にゐて関野みち子
 傍聞き(かたえぎき)とは聞くともなしに聞こえて来ること。他人の話は一部しか聞こえないために益々興味が湧いて来ることもある。秋風が色々な物を運んでくる中の一つとして作者は傍聞きを楽しんだ。
・・・・・一字の重さ・・・・・・・・

甘草の芽のとび〳〵のひとならび素十

 高野素十はこの作品について「とび〳〵」ではなく「とび〳〵」と一字の重要さを度々念を押した。