今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年4月号 (会員作品)

濡れ枕今朝の日に干す久女の忌関野みち子
 杉田久女は昭和21年1月21日戦後の復興も儘ならないなか、福岡市郊外の病院で失意のまま亡くなった。昭和初期を代表する俳人の寂しい最期であった。涙に濡れた枕を折からの朝日に干すとき久女の苦難の道に思いを馳せる作者である。同時作〈冴ゆる夜を紙に字を吐く虫となる〉から文字に執着する方と思われるが、「物」を仲立ちにしての俳句は説得力が有る。

根白草土蔵の味と言ひて食ぶ鈴木さつき
 芹の味を「土蔵の味」と捉える俳諧味が面白い。昔から「芹摘む」は、思う心を相手に届けようとしてかなわぬ苦労をする「片思い」の喩えで語り継がれてきた。芹の味はそれなりのものであったと想像される。それが土蔵の味がしたとあってはと話が勝手に広がって行く。同時作〈春隣からす並んで羽づくろひ〉もカラスでさえ春が近くなれば並んで羽づくろいしておめかしをするだろうという作者の目が動物に暖かい。

山中の村はいぶせし垂り雪鳥羽サチイ

 「いぶせし」は「気が晴れない」の意味であるが山口青邨の句〈みちのくの町はいぶせき氷柱かな〉を思い出した。掲句はさらに具体的に表現をしていて深く写生をしている作品である。山中の村は気が晴れない感じがするのは日照など自然現象の他に生活の不便なども加わってのことであろう。煤まみれの垂り雪がどさっと落ちて少し気持ちが晴々したことだろう。

薄氷に我が現し身を重ねたり大塚紀美雄
 薄氷の作品で異色。薄氷の儚さを我が身と比べている。多分誰もが感じている身の上の儚さを薄氷に託して実感がある。薄氷を写生し尽くして到達した境地だと思った。

節分や犬も子も外にまろび出づ伊藤一花
 節分の豆撒きの光景なのだろう。豆をまかれた子と飼い犬が外に転がり出たという。一昔前なら犬は外で飼うものと決まっていたが今では家の中で飼うことが主流である。元気な声と共に子と犬が逃げ回っている光景が見えるようだ。

春塵や理髪店主の眉長し佐藤和子
 今どきの理髪店は大きな鏡や豪華で便利な椅子を用意し店内にはBGMが流れて清潔感がある。掲句の理髪店はと言えば少し埃があり主の眉毛が長く見える昭和のレトロな理髪店そのものではないか。私も好きな貴重な理髪店である。

松過ぎて胃の腑ぼつぼつ正気付く北原昌子
 正月の松の内を過ぎて、普段の生活を取り戻したことを真っ先に胃袋が気付いたことが一句の始まり。面白い攻め方。

  〈その他注目した句〉

隅の席ここが落ち着く新年会岩波幸
手刀を切る初場所の出羽力士結城光吉
道草の子には見えたる竜の玉日置祥子
鷽替の小さき木彫りに朝日射す辻本葉子