春耕俳句会は、有季定型の俳句と和楽の心で自然と人間の中に新しい美を探求します。第五感・第六感を働かせた俳句作りを心がけます。
会員作品秀句鑑賞 - 耕人集

2024年4月(通算537号)

耕人集●2024年4月号(通巻537号)

時計合はす巴里の空港寒オリオン 三瓶三智子

今月の秀句(蟇目良雨抄出)2024年4月号

濡れ枕今朝の日に干す久女の忌   関野みち子

2024年4月●通巻537号

新春俳句大会 総会 懇親会

月刊俳句雑誌「春耕」2024年4月号(通巻537)俳句でつづる生活と美「春耕俳句会」発行

蟇目良雨主宰 作品●2024年4月号(通巻537号)

未だ苦し青春の恋ふきのたう  蟇目良雨

晴耕・雨読集●2024年4月号(通巻537)

帰る子に一間空けおき年暮るる 山城やえ

鑑賞 「現代の俳句」(37)2024年4月号

残雪の富士を大きく城下町 山田貴世

韓の俳諧(62)2024年4月号

臼田亞浪は1928年と1935年に、満鮮旅行として、中国東北部と韓半島への旅をした。京城には西村公鳳など三人の「石楠」同人がいたので、彼等が道案内や宿・句会の手配をした。当時は、特別急行東京と下関を1日がかりで結んでいた。さらに出帆は11時の関釜連絡船(当時は国内旅行)で、翌朝8時に釜山へ上陸した。

はいかい漫遊漫歩(228)(229)2024年4月号

 俳人・永田耕衣の最晩年について、宗田安正著『最後の一句――晩年の句より読み解く作家論』(本阿弥書店刊)から簡潔、要を得た報道記事的な名文を引く。  〈 平成7年(1995)1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災。神戸市須磨の永田耕衣上田荷軒は倒壊。耕衣が2階のトイレに入った直後だった。その狭い空間が幸いして奇蹟的に無事。閉じこめられ、傍らにあった湯こぼしの銅器で手洗い台を叩き、救いを求めた。そのうち調子が出てきて音にリズムまでつけていたという。気づいた近所の青年がトイレの窓から救出。階下の家人は重傷。耕衣自身は、2年半後の命終まで、終の栖になった大阪府寝屋川市の特別養護老人ホームに移った。〉このとき耕衣95歳。

古典に学ぶ (129)源氏物語2024年4月号

「病」と「死」を物語はどう描いたか⑬ 藤壺の宮①  藤壺の宮は、先帝の第四皇女であり、この人が源氏の父帝の後宮に迎えられたのは、亡き桐壺更衣に面影が生き写しの美貌の人ゆえであった。

「俳句文法」入門 (62) 2024 年 4 月号

文中で上と下の文節をつなぐのが接続助詞である。単純接続と条件接続とがある。前者には「て」「して」「が」「つつ」「に」「を」「で」「ながら」等がある。後者には順接と逆接があり、それぞれ仮定条件と確定条件がある。

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