今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年7月号 (会員作品)

母の日や妣の好みの菓子知らず菅原しづ子
 年を取って来て生活が安定して来ると不思議に親の昔の細かいことが思い出されるようになる。母の日になって子や孫が私のために用意した菓子を前に、亡き母はどんなお菓子が好みだったのか知らないことに気付いたのである。未だ贅沢品であったお菓子を簡単には食べられなかった時代を偲ばせる句になった。妣は「ひ」と広辞苑にあるが俳句では「はは」と読んで死んだ母に使うことがある。

遠足の列の伸びたり縮んだり斉藤文々
 遠足の子らの列が生きもののように表された。付添の先生が列の最後尾から見ているような臨場感がある。あるいは、堤防の上を行く遠足の列を土手下から全長を眺めている風にも見える。リズムの良さがこの句の一番良い所だ。

縁側に運針の母目借時日置祥子
 旧来の木造建築から失われて行くものに畳と縁側がある。防火対策、省エネ対策などの理由から不要とされているからだ。掲句は昔の映像だろうか、日の当たる南側に配置された縁側で母が運針に励んでいる。この句は目借時という季語の働きで母がコックリコックリしていることも言外に表している面白さがある。

脱稿の朝の陽眩し山笑ふ関野みち子
 小説とか論文とか長い書き物を終えるのが脱稿。徹夜して書き上げた苦労を祝福するように朝陽がさしている。そして山まで笑うような季節になったと自祝している。

春深し金繕ひのぐい呑みも岡田清枝
 しみじみした晩春の夜のひとこま。金継ぎで修理したぐい飲みを前にして春の夜のひと時を楽しもうとする。行く春を惜しむ静かな心境である。

新茶汲む四人姉妹の膝頭金井延子
 膝頭を突合せて新茶を楽しむ仲良しの四姉妹が具体的に表現できた。物で表現する即物具象の作品になっている。俳句はこれで充分である見本。

薫風を連れて棟梁現るる木原洋子
 薫風を擬人化して成功した。大工の棟梁が弟子たちと共に颯爽と現れたときに薫風が吹いたのであろう。やがて棟梁たちが組み上げる材木からも木の香がし始めるような空気感がある。

吾三男色の褪せたる鯉幟齊藤俊夫
 三男坊の悲哀を隠さずに出すことで詩情が生まれた。長男のお下がりの鯉幟は少し寂しい。

薄氷の光はなつて消えにけり鳥羽サチイ
 薄氷が消えて水になる瞬間を活写。すっきりした作品になった。

草いきれガンマーフィールド弧をなし加藤くるみ
 俳句に不向きと思われる句材に毎回挑戦する勇気を買いたい。ガンマ線利用の試験農場を取材。

夜風ふと軒端に匂ふみこしぐさ今江ツル子
 軒端に干したばかりの現の証拠の花が匂ったことを句にした。神輿草と表現して深みが出た。