今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年9月号 (会員作品)
海紅豆告知をばねに生くる夫小杉和子
海紅豆(梯梧の花)は南国の花だ。温暖化で北上しているのだろうか。真っ赤な花は印象的で、作者の御主人は何かの告知を受けているが、花の赤さに刺激されてもっと生きようとされている。医学の進歩もあり作者の願いは聞き届けられることであろう。同時作<黴ぬぐふ巣立ちし子らの母子手帳>母子手帳などは時代遅れのようであるが、出生の記録は単純明解がよい。黴が生えるほど子らは成長してくれたのである。
黒竹の花咲き祖父の忌日かな岩波幸
黒竹(クロチク)は色の黒さにより腐りにくい建築材として重用される。花が咲くが60年から100年ごとに咲くので見ることは珍しい。黒竹の花が咲き不思議に思っていると祖父の忌日が近いと分り縁(えにし)を感じたのである。同時作<地面打つ音の激しさ梅雨の雷>は近来の気候変動の影響を受けて年々狂暴化している梅雨の雨の激しさや雷の激しさを代弁しているようだ。
石に触れ草に隠れて夏の蝶居相みな子
夏蝶の動きの激しさを静かな詠いぶりの中に表現している。「石に触れ」それから「草に隠れて」また飛び回る様子は夏の蝶らしい。丁寧に写生した結果である。同時作<梅雨寒や遺影に向きてひとり言 >も心に沁みる作品だ。
三巻してなほ半ばなる文字摺草石川敏子
文字摺草(捩花)の捩れ方を観察して得られた句。一見して3回ほど捩れているのは分かったがよく見るとその倍の捩れがありそうだというのが句意。先端部の捩れ方ははっきり見えないので掲句の表現が正しいことが理解できる。同時作<ぎしぎしや豊かに越ゆる堰の水>夏に繁茂するギシギシと水量豊かな堰の水の組合せがよい。
夏蒲団蹴つて整ふ足の先河内正孝
私たちもよくやっている光景を句にした。蹴って整えるくらいだから未だ若さを感じさせる。赤ちゃんならどうする、病人ならどうすると思いを致すことが大切。そこに作者の個性が出て来る。同時作<ふと緩む父の握る手蛍来て>蛍を見に行くまでの暗い夜道に緊張していた父の手が螢を見つけた瞬間に解放された。安堵感を共有出来る。
糊ききて脚に絡まる藍浴衣完戸澄子
糊の利いた浴衣を着ると足さばきがしづらくなる。それが嬉しいのでもあるのだ。昔の人の暮らしぶりはこの句のように締まりがあったと思わせるところもよい。
鹿の糞掃きゐる嫗古都薄暑瀬崎こまち
古都を美しく保つために鹿の糞を掃除している媼の存在感がある。古都はこのように大勢の人が協力して美観を守っていることを知らされる句だ。
黒南風や流水に鯉とどまれり安武豊
梅雨の始まりを告げる南風を川に自生している鯉がいち早く感じて頭を上流に向けて留まっている。黒南風が効いている。
暑き夜や北越雪譜ひろひ読み桑島三枝子
暑き夜の過ごし方を作者は読書に求めた。それも雪国の雪に埋まる里の物語だ。こうした過ごし方もあるというよき例。
初物の枇杷が遺影を明るうす大久保明子
枇杷の実のともしび色が目に浮かぶ。
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