「晴耕集・雨読集」2月号 感想  柚口満

人気無き漂流船や冬の海 阿部月山子
外つ国の難破船みて悴めり 佐藤栄美

 昨年の11月、12月の両月に北朝鮮籍と見られる漂流船が六十九件も日本海側の北海道、青森、秋田他の沿岸で見つかった。船には多くの遺体や、生存者が見つかり大きな社会問題となった。
 掲出句のお二人は鶴岡市に在住であるからやはり近くの海岸でこの漂流船を目撃されたのであろう。粗末な小さな木造船を見るにつけ彼の国のことを改めて実感された。月山子さんは寒い冬の海で命を絶った人たちに思いを寄せ、栄美さんは単に悴むだけでなく、身体全体に震えるような戦慄を覚えられたのだろう。

炉話の身振り大きくまたぎ衆 吉田初江
 炉話といえば定番にでてくるのは田舎に残る民話ということになるが、この句はまたぎ衆の炉話を詠んで興味を引くことに成功している。
 またぎとは東北地方の山間部に住み古い伝統を守って猟をする人たちをいう。囲炉裏のまわりにまたぎの人達が集まり、身振り手振りを大仰にして猟の武勇伝を展開、その様子が伝わってくる一句。

遠近の締めの掛合三の酉 藤武由美子
 ご存じのように酉の市には一の酉、二の酉、三の酉がある。年によっては二の酉で終わる年もある。この句は季語の三の酉が効いている句だと思う。
 師走に近い11月の風物詩、酉の市。明るい照明に照らされた熊手の金銀がそこだけ華やかに煌めく。そんな市も今夜が今年最後の三の酉。多くのお店の熊手が売れておちこちで手締めの手拍子が響く。そして午前零時をもって市は終わり、これより巷は一気に年の瀬を迎えるのである。

手配書を壁に夜寒の駐在所 高野清風
 最近の交番は「KOBAN」との呼び名があるぐらい外国にも認知される存在である。しかしこの句にある駐在所は警官一人が務める小さなもので時には外の巡回で不在になるようだ。
 夜の更けた駐在所、警官は不在であるが灯りは夜寒の中で煌々と輝いている。そして壁に貼られた凶悪犯の手配書がくっきりと目立つ。深夜の夜寒の特異な場面を描く印象的な一句である。

それぞれの仕事持ち寄る炬燵かな 平賀寛子
 昭和の時代、それも戦前戦後の一時期に各家庭にあったのが卓袱台というものである。この台は朝晩の食卓に利用されいわば家族の絆を確認するツールだった。
 それから半世紀以上、それに代わるものが掲出句に出てくる炬燵である。置炬燵や切炬燵は一家団欒で顔を会わせる場所、父は新聞を読み、母は繕いものを、そして子供たちは宿題をしたりゲームに興じる。仕事といっても多種多様、しかしそこには幸せな時が流れている。

今朝の冬街の空気の入れ替はる 小林休魚
 立冬を迎えた感慨を一句にしたためている。立冬は陽暦でいうと11月7日頃。まだ秋の色も残っているが日の暮れが早くなり日差しも弱く、北風も実感するのである。作者はこの日の朝を迎え、街全体の空気が昨日とは入れ替わったと詠んだ。日本人たるもの、特に俳人にはこの季節感の把握が必要だ。

淡き日を余さず吸ひて冬桜 小林光美
 染井吉野に代表される桜は勿論春のものであるが、11月頃から1月にかけて咲く冬桜も独特の雰囲気があり俳人に広く親しまれている。
 この句はその冬桜のあり様を的確に描写している。
小振りで白色の一重咲きの可憐な花弁が冬の淡く薄い日を懸命に取り込む健気さが心を打つ。

枯菊の残るかをりも焚きにけり 野尻瑞枝
 枯菊の俳句でいうと私は深見けん二の「枯菊を焚きて焔に花の色」が好きである。枯菊を焚いてみるとその火の色の中に花の色を見つけたというのだ。盛りの頃を偲ぶ佳句といえよう。
 一方掲出句はその残された菊の香に思いを寄せている。火の中のその匂いはその菊の最後の吐息、静かな菊の供養風景である。

雑踏の中に師走の月白し 𠮷野高代
 作者の𠮷野さんは昨年11月に初の句集『実梅』を上梓された。十八年の句業が収められている。 さてこの句、師走の雑踏の中で詠まれた句である。一年の最後の年の瀬、行き交う人々は様々な思いを胸に急かされるように歩を運ぶ。空に浮かぶ白い昼の月に気付く人は殆どいない。作者だけが見つけた昼の月が印象的、師走の喧騒の中の一瞬の静けさ。