韓の俳諧 (23)                           文学博士 本郷民男
─ 俳人露光の独演 ─

 京都の『俳諧鴨東新誌』に掲載の外国支部は、138号(明治30年4月)台湾の台北が最初です。139号、140号には台湾、朝鮮という投句や支部がないのですが、141号(7月)に、朝鮮として露光など何人かの朝鮮という俳人が見えます。次の142号(8月)に朝鮮の露光という支部が現れました。
   8月分連合表
71人美濃 養老 54人後志 帆蕉
35人甲斐 桂涯 … 9人朝鮮 露光
   闘句
  静なる様にこぼれて庭の露 羽後 麓
†朝の間に光る景色や草の露 朝鮮 露光
  静けさの上に静かや花の露 朝鮮 露
†こ褄とる足元軽し朝の露 羽後 湖陽
 軍配†が付けば勝で、露光は一勝一敗。
 その他に掲載された句は
水音も遠く更けけり閑古鳥 朝鮮 肩衣
月落ちて星夜となりぬ梅の花 朝鮮 可仙
名月や川の底にも月の影 朝鮮 亀寿
白雲の離れぬ花の吉野山 朝鮮 亀寿
月一つ梅と柳に遊びけり 朝鮮 花月庵
 この号では露光、肩衣、可仙、亀寿、花月庵の5人だけですが、141号にさらなる3人が見えます。
花吉野月も吉野となりにけり 朝鮮 秋月
心なき心に雪降る夜べ哉 朝鮮 春水
土産にもしたしか輿の夏の月 朝鮮 春風
 8月分連合表の9人は、こうした俳号の人物と思われます。不思議なのは、支部としての結社名と俳号が、同じ露光であることです。おそらく、俳人の露光が自分で率いた俳句結社の名前を自分の俳号にしたのです。そうして、朝鮮の露光も台湾の台北も連合表に登場したのが1回だけです。
 『俳諧鴨東新誌』は、入選句に点数を付けて競争させました。巻末の連合表も、人数の競争をさせたのだろうと思います。露光が人数分の支部会費を払い、それに相応しい程度の投句をし、瞬発力を発揮したのではないかと思います。
 この頃は、外国の居住者が台頭し、141号には外国勢同士の俳句相撲があります。
濡るる程勇むや乞し雨なれば 米国 青葉
降り出して人は逃けり雨乞て 台湾 一樵
 雨乞いの句です。行司が3人で、3人とも雨乞の効き目があって勇ましいと、青葉を勝にしました。主審の其角堂機一は、一樵の句が上五も下五も「て」止であるのを問題にしました。連句に通じた宗匠には、考えられない語法です。