自由時間 (93) 『俳句とはどんなものか』 山﨑赤秋
高浜虚子は、「ホトトギス」誌大正2(1913)年5月号から、初心者のための「6ヶ月間俳句講義」を連載した。その講義をまとめて本にしたのが『俳句とはどんなものか』である。
どういう話をしているかというと、次のとおりである。
①俳句は十七字の文学であります、②俳句とは芭蕉によって作り上げられた文学であります、③俳句とは主として景色を叙する文学であります、④俳句には必ず季のものを詠みこみます、⑤俳句には多くの場合切字を必要とします、⑥時候の変化によって起こる現象を俳句にては季のものまたは季題と呼びます、⑦俳句を作るには写生を最も必要なる方法とします、⑧季重なりは俳句において重大な問題ではありません、⑨俳句の文法といって特別の文法は存在いたしません、⑩俳句の切字というものは意味かつ調子の段落となすものであります、⑪「や」「かな」は特別の働きを有する切字であります、⑫俳句とは芭蕉によって縄張りせられ、芭蕉、蕪村、子規によって耕耘せられたところの我文芸の一領土であります。
この中から、⑧のくだりの全文を抜き書きする。
さてこの句(鷲の巣の樟の枯枝に日は入りぬ 凡兆)の季題(季語)は何でありましょう。「鷲の巣」が季題になって春季の句になっているのであります。一体鳥類は春季に巣をくって、そこに卵を産みこれを孵化さすのであります。上野の動物園のあのたくさん鳥の入れてある金網の中に一本の松の樹がありますが、ある時私は桜の花の咲いているころそこに行ってみると、一匹の鳥は金網の中に落とされている乏しい小枝や藁切を集めてその松の樹の梢に巣らしいものを作っておりました。話が余談にわたりましたが「鳥の巣」というとそれは春季のものとちゃんと俳句ではきまっているのであります。
次に植物に進みます。
梅一輪一輪ほどの暖かさ 嵐雪
嵐雪という名前は初めて出てまいりましたが、このひとは其角と並び称せられた芭蕉門下の双壁であったのであります。
句意は梅の花が一昨日はただ一輪見えたのが昨日は二輪今日は三輪になってその梅の花のぼつぼつと数を増してくるに従って、どことなく春らしい暖かさも増してくるというのであります。もし春意というようなものが天地の間に動いたとするならば、一輪一輪と開いてゆく梅はそれをシンボライズしたようなものであります。それと同じ意味でその一輪一輪の梅は春暖のシンボルとして人の目に映ずるのであります。
この句は「梅」が季題であります。「曖か」というのもやはり季題でその方は「時候」の方に属するのであります。
この句のごときは
季重なり
というものでありますが、季重なりはいけないと一概に排斥する月並宗匠輩の言葉はとるに足りませぬ。季重なりはむしろ大概な場合さしつかえないのであります。ただ「春風」とか「春の月」とかいう春という字のくっついているのにさらに春季の季題である「霞」「氷解」「燕」「桜の花」「種蒔」「長閑」などをあわせ用うることは重複した感じを与えることになるからこれを忌むのであります。というのはすでに「霞」「氷解」「燕」「桜の花」「種蒔」「長閑」などは春季のものときまっているのに「春風」とか「春の月」とかわざわざ春ということわりのついた文字を用いた季題を、その上に重ねて用うるということはまったく無用のこととせねばなりませぬ。
なおこれと同じような理由のもとに、必ずしも「春」の字のくっついたものでなくとも季題を重ね用うることが無用な場合もほかにないではありませんが、それは大方実際の句についてみないと明白に是非をいうことができませんからここには略します。また「春」の字のくっついた季題のものでも時と場合によっては他の季題と重ね用いても差し支えのないことがあります。これも実例について言わねばなりませんからここに略します。また春季と夏季との季重なり、冬季と春季との季重なりというような場合も往々にしてあります。それらも大体においてさしつかえないものとお認めを願います。それで私は従来の俳句の規則にさからって、一つ断案を下しておきます。
⑧季重なりは俳句において重大な問題ではありません
虚子先生が、折角このように仰って下さっているのだから、春耕の皆さんも、季重なりのことなんか忘れてのんびり寛がれるとよろしい。
虚子は折にふれて俳話を執筆しているが、それらをまとめた『俳句の作りよう』『俳句とはどんなものか』『俳句はかく解しかく味わう』そして『進むべき俳句の道』の四冊は定評があり、俳句を志す人の必読書と言える。これらを読むだけでなんか俳句が上達したような気がするから不思議だ。
(いずれも角川ソフィア文庫刊。『進むべき俳句の道』はこの3月24日に発売)
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