鑑賞「現代の俳句」 (37) 沖山志朴
残雪の富士を大きく城下町山田貴世〔波〕
[俳句四季 2024年 2月号より]
今日もよく晴れた。仰ぐと真正面に、雪の残る富士山の雄姿が聳えている。さあ、今日も一日頑張って働こう。そんな気持ちになる町なのであろう。まことに羨ましい限りである。
遠くから眺められるだけでも、その町に住んでいることを誇りにさえ思える富士山。ましてやそれが、間近に毎日眺められるとなるとまた別格。城や町並みなど時代の情趣も色濃く残っているのであろう。人々は、この城下町を誇りに思い、心豊かに日々暮らしているであろうことが十分に想像される句である。
寒明や日輪こつと雲を割る祐森水香〔月の匣・旭川〕
[俳壇 2024年 2月号より]
やっと寒が明けて迎えた春。しかし、あいにくの曇り空。心も晴れない。そんな人々の心理をあたかも見透かしたかのように、雲間から明るい太陽の光がぱっと差し始めた。やっと春らしい陽気になったことよ、と晴れ晴れとした心持ちになる。
掲句の眼目は、「こつと雲を割る」である。表現技法としては、擬人法が使用されている。日輪が、自らの意思において、春を待ちわびる人々のために雲を割って顔を出してくれたというのである。「こつと」のたった三文字のオノマトペが効果的である。一瞬の天空の変化を独自の表現でうまく捉えている。
竜宮のことは言へぬと海鼠かな篠原悠子〔枻〕
[俳壇 2024年 2月号より]
「ねえ、海鼠さん、海の底から来たのでしょう。竜宮城は、それはそれは美しい所だと聞いているけれど、どんな様子なの。教えてよ」。海鼠が答えるには、「それだけは、ご勘弁を。人に絶対に言ってはならぬと、乙姫様にきつく言われているので、話すわけにはいきません」。こんな会話があって、ふと夢から覚めたのかもしれない。
写生とは違った想像の世界で、作者は自由に思いを広げる。読者もまた、様々に想像を膨らませながら、ファンタジーの世界を楽しむことができるユニークな句である。
やはらかき任地の訛り初桜井上裕太〔藍花〕
[俳句四季 2024年 2月号より]
サラリーマンにとっては、人事異動はつきもの。辞令が出ると誰しも不安になる。掲句の作者も、新しい任地でうまく人間関係が築けるだろうか、部署にうまく溶け込めるであろうか、土地には慣れるであろうか、など不安もよぎったことであろう。
しかし、実際に着任してみると、土地の言葉の訛りもとげとげしくなく、人々も優しく、温かく迎えられる。折から桜の花も咲き始めて、季節は躍動し始めた。これならうまくやっていけそうだ、そんな自信すら湧いてきたのであろう。
甌穴の顕はな河床初音聞く加古宗也〔若竹〕
[俳句四季 2024年 2月号より]
珍しい素材を用いた句である。「甌穴」とは、流れの速い河床の岩石の面に生じた窪みのことである。窪みに入った石が回転し、岩を削ってできたもの。穴が大きくなるまでには、実に長い年月を要する。
甌穴に興味を持った作者は、それをしみじみと覗く。そして、自然の不思議さにいたく感心する。偶然にもその時に初音が聞かれたという。鶯も、万葉の昔から、日本人にこよなく愛されてきた鳥である。視覚と聴覚の悠久の時を思わず感じてしまう。
老いてこそ見ゆる景あり初日の出德田千鶴子〔馬醉木〕
[俳句 2024年 2月号より]
「景」には、景色、おもむき、ながめ等の意味がある。掲句においては、更にそれらの他に、内面的な感懐をも含めた、幅広い意味が込められていると感じた。
人生経験の浅いころには、あまり気付くこともなかった初日の出への感動。それが、高齢になった今は、神々しさや雄大さ、そして、しみじみとした深い思いが湧いてくる。若い人には若い人なりの感動があろう。しかし、長い人生経験というフィルターを通して眺めるとまた深甚なる感動や思いが湧いてくる。
宿題を向かひ合はせに虫の夜西山睦〔駒〕
[俳句 2024年 2月号より]
秋の静かな夜。場所はリビングルーム。テーブルに兄弟が、二人向かい合わせになって、宿題に取り組んでいる。初めは、お互いにちょっかいを出しあって、親にたしなめられる。やがて二人とも真剣に取り組み始め、部屋は静まり返る。聞こえてくるのは、鉛筆の音と消しゴムの音と、外から聞こえてくる虫の音のみ。
どこの家庭にもありそうな情景である。しかし、このような平凡な生活にこそ、かけがえのない幸せがあると作者はひそかに感じている。
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