「耕人集」 2月号 感想 沖山志朴
ひとり言多き師走の仕舞風呂小田切祥子
一通り家事も終わって、やっと入った仕舞風呂にほっと一息つく。しかし、それも束の間、今日し残した仕事が気になったり、明日の段取りをあれやこれやと思案したりと、心が落ちつく暇もない。いつの間にか、気が付けばひとり言。
師走の忙しいさなか、見えないところで一家を支える主婦の気苦労、それがひとり言に象徴されている。
もう点かぬ灯台石蕗の花明り峯尾雅文
近年の急激な情報化の進展により、多くの船舶にはGPSなどが装備されるようになった。それに伴って、航行の道しるべとしての灯台の役割も低下。全国の灯台も年間約30基のペースで廃止されているという。
掲句の灯台も、地域の人たちに惜しまれつつ役割を終えたものであろう。しかし、撤去するのにも費用が掛かるので、建物そのものは、岬の鼻に残っている。その灯台の周りを囲むかのように今年もたくさんの石蕗が花を咲かせた。その見事さよ、と讃えるとともに、一抹の寂しさも禁じ得ない作者である。
細やかに針あと残す古布子中谷緒和
「布子」は冬の季語。木綿の綿入れのことである。絹の綿を用いたものは小袖で、布子は、植物性の綿を多く入れたもの。今日ではほとんど着られなくなった。
物が不自由な時代には、冬に日常的に愛用していたものであろう。少し傷んでくると、縫い足して、親から子へと大切に受け継いでいったのかもしれない。それが、細やかな針あとなのであろう。家の造りが変わったり、暖房器具が発達したりしたことにより室内着の様子も大きく変わった。しみじみ見ると感慨深いものがあったのであろう。
裏口にすりへる下駄や一葉忌横山澄子
父の死、経済的な困窮と苦難の連続、わずか24歳でこの世を去った一葉を悼む。
状況や場面の設定に作者の苦心の跡が窺える。場所は、日の当たらない家の裏口。そこに置かれたちょっとひっかけて降りるだけの下駄。かなり使い古され、歯は大分すり減っている。不運の連続であった一葉の生涯が、これらの具象物に象徴されている。
大根引き畝一列に寝かせけり鈴木吉光
大根を引き抜いている人が、引き抜いた大根を手際よく整然と一列に並べつつ、どんどん先へ先へと作業を進めてゆく光景である。
掲句は、別の解釈も成り立つ。上五の「大根引き」を「大根を引きて」と接続助詞の「て」を補っての解釈にする方法である。しかし、前者の方が、上五の後に間が生まれ、句に深みが生ずるとともに「寝かせけり」の工夫が生きると考える。
葱畑剣山のごと乱れなく中垣雪枝
眼目は、中七の「剣山のごと」にある。冬の寒さの厳しい中、まるで剣山の針が並び立つように、葱の葉先が空に向かって鋭く揃っている光景である。
葱にも、いろいろな種類があるが、葉先が鮮烈に尖っているのは九条葱であろうか。天気のよい、そして寒さの厳しい朝などはこの緑の光景がとりわけ鮮烈に目に映る。
さはさはと風よりやすく風知草鳥羽サチイ
風知草は夏の季語。渓谷の崖地などに自生しているが、鉢植えなどにして風に揺れる様子を観賞したりもする。残暑の厳しい折には、清涼感を与えてくれる。
「やすく」は、形容詞の「やすし」の連用形。漢字表記では、「易し」となる。意味は、たやすく。この語の後に、「揺るる」の語が省略されていると考えれば一句がよく理解できよう。
摑みどころ得ればするりと大根引き三瓶三智子
簡単なようでいて、大根を抜くのはなかなか苦労の多い労働である。初めての人には、おいそれとは抜けない。ところが、ひとたびコツを覚えると面白いように引き抜けるから不思議。
「摑みどころ」は、握る場所や位置のことではなく、コツを得ることを意味している。俳句作りにおいても案外似たようなことが言えるのではなかろうか。
霧沸くや木地屋五軒の里あたり保坂公一
轆轤を使って、お盆やお椀などを作るのが木地屋。幕末の頃には木地屋は東北から宮崎まで、日本の広い範囲に亘って七千戸ほどあったといわれるが、今ではめっきりその数も減ってしまった。
しかし、伝統を受け継ぎつつ、新たな木工文化の潮流を生みだしている人たちがいるのであろう。珍しい素材をさりげなく句に生かしている。
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