「耕人集」 1月号 感想 沖山志朴
快晴の今日の始まる鵙の声伊藤克子
本格的な秋を迎える頃になると、野山のあちらこちらで盛んに鵙が高鳴きを始める。これは、雄同士の縄張り争い。2年ほど前、近くの山で高鳴きをしていた2羽の鵙が激しくぶつかりあいながら落下する光景を目の当たりにしたことがある。気性の荒い鳥だけに闘い方も激しい。
鵙の高鳴きは一日のうちでも朝、それも晴れた風のない日に多く聞かれるが、掲句は、単なる報告句ではない。今日一日の生活への作者の意気込みを示している叙情句である。中七の措辞に、さあ頑張って、今日も一日充実した日にするぞ、という意欲がきちんと伝えられている、省略の効いた句である。
鼻曲り鮭猛然と咬み合ひぬ住田うしほ
遡上した鮭の一連の繁殖行動の中の感動的な一瞬を活写している。「鼻曲り鮭」は、繁殖期を迎え鼻の曲がった雄の鮭のこと。雌が産卵期を迎える頃になると、雌を巡って雄同士の激しい闘いが繰り広げられる。まさに、「猛然と咬み合」う。
わずか十七音の表現でありながら、様々な場面が想像される。場所はかなり上流。川床には一面の小石。遡上した多くの鮭は体力を使い切り、鰭もボロボロ。しかし、子孫を残すために最後の力を振り絞り、繁殖行動に専念する。傍らではすでに産卵を始めている鮭。見事に省略された、しかも躍動感のある句である。
杣人に猿酒にてもてなさる布施協一
まるで昔話でも読んでいるような、楽しい世界が想像される句である。
迷った挙句にたどり着いたのは一軒の山家。杣人が温かくもてなしてくれる。囲炉裏を囲んで、ふるまわれる猿酒。香りのよい、そして口当たりのよいまろやかな酒。体も温まり、ついうとうとして眠り込んでしまう。やがて目が覚めたら、周りにはだれもいない。気が付けば、夢だったという、そんな想像もできるユニークな句。
子が刀ぬいて見得切る七五三小田切祥子
幼い子が、お祝いということで買ってもらった玩具の刀を抜き、両目を寄せては歌舞伎の真似でもしたのであろうか。これには、一同拍手喝采。
珍しい取合せの七五三の句である。時季が来ると、七五三の句は多く作られるが、どうしても類想的になりがち。「見得切る」の五音を配したことで斬新さが出た。写生を大切にする作者の姿勢に学ぶびたい。
夕暮を一家総出の二期田刈與那覇月江
気候が温暖な沖縄県では、今でも米の二期作が一部の地域で行われている。一期目は6月前後に出荷。二期目は、晩秋の出荷になるという。一期作は、超早場米として人気が高いが、二期目になると台風の被害等もあり、収穫量は半減するようである。しかし、一期目よりも短期間に収穫できることもあり、今でも続けれているとのこと。休みの日などを利用して、一家が総がかりで、短期間に刈り取るのであろう。日暮れまで慌ただしい作業が続く。
細長い日本、春耕の会員も青森から沖縄まで、広い囲にまたがっている。風土色の濃い作品をどんどん出すことが、結社の特色化にもつながってゆくと考える。「沖縄歳時記」等の活用も大いに歓迎したい。
熊の餌とするなと言はれ庭の柿保坂公一
省略の効いた時事俳句である。中七の後には、「しぶしぶ伐った」などの語が省略されている。
昨秋は、野生の生き物の餌が山間部に少なかったのであろう。熊や猪などが市街地に出没してニュースになることが多かった。とりわけ、熊の出没は人命にかかわる大きな事故につながりかねないだけに深刻。作者の周りでも熊が出没し、その対策に関係者が頭を悩ませたのであろう。熟すのを心待ちにしていた庭の柿も、身の安全を守るために木を伐採してほしいとでも言われ、しぶしぶ従ったのかもしれない。自然環境の変化の中で人の生活も変わることを余儀なくされる。
目で拾ひ音で拾ひし木の実かな完戸澄子
「拾ひ」のリフレイン、「目」と「音」の視覚、聴覚の感覚的な対句が、見事に一句の中で響き合っている。
「拾ひ」となっているが、作者が実際に拾ったわけではないであろう。「拾ひ」は、情趣を楽しんだ、くらいの意味に解釈すればよいのであろう。道端にたくさん転がっている木の実の艶を、そして、間をおいて落ちてくる木の実の音、その視覚と聴覚の両方で季節の情趣を十分に味わっているよ、というくらいの句意でよかろう。この省略に作者の洗練された感覚が窺える。
平成26年7月号から81回に亘り連載してきましたが、次号から髙井美智子さんと執筆を交代いたします。
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