「耕人集」 10月号 感想                          高井美智子 

蟬の鳴く国へ帰りて熟寝かな山﨑眞知子

 久しぶりに海外から帰国してみるとすっかり季節は変わっており、聞き慣れた蟬が窓辺の樹木で鳴いている。この鳴き声に日本は蟬の鳴く国なのだと作者の聴覚が敏感に反応したのである。海外にも蟬は生息しているようだが、季節が異なっているか、鳴き声が違うのかもしれない。時差による疲れは抜けず、蟬の声が心地よく眠りを誘い熟睡してしまったようである。
 上五から中七の「蟬の鳴く国へ」の捉え方が素直で独自性のある発見である。

日盛や土間のラヂオはのど自慢河内正孝

 日中の日盛には外の仕事はせず、涼しい土間での仕事に従事しているようだ。冷房のない土間でラヂオから流れてくる「のど自慢」を聞いていると、少しは暑さも紛れる。仕事の手は休めることなく動かしている働きものの光景である。昭和21年から続いている「のど自慢」という国民的な馴染みのある番組を用いたことにより、昭和の冷房のない時代にまで思いを馳せる句となった。                                  

打水の銀の弧わたる露地向かひ鈴木さつき

 打水は柄杓などで、広く撒くと大きな弧を描く。この打水の弧の部分が銀色に輝く一瞬を切り取った句である。「露地向かひ」にまで打水を広げているお隣さん思いの作者である。
 蟇目良雨主宰の第五句集「ここから」に打水の句がある。
 〈打水の一枚の水風に乗る  平成二十六年〉   

発掘の土器に逃げ込む瑠璃蜥蜴岩﨑のぞみ

 史跡の発掘作業の手許に出没した瑠璃蜥蜴が、あわてふためいて発掘した土器に逃げ込んだのである。太古のなぞを潜めている土器と瑠璃蜥蜴の取り合わせが絶妙である。
 日本蜥蜴は生息数の減少がみられることから、東京都(23区内)等では絶滅危惧種に指定されている。 

遠花火残響だけが往き来して酒井杏子

 遠花火は音だけが大きくすぐ近くに打ちあげているように聞こえる。建物や山に反響し、音は複雑に聞こえてくる。谺でもないこの音を「残響だけが往き来して」と上手く言い当てている。近くまで花火を見に行くこともできず、せめて音だけでも楽しもうとしている作者の気持ちが、この一句を生みだした。

月山をひと抱へして雲の峰寒河江靖子

 月山は信仰の山でもあるので、雲の峰もさぞかし神神しく見えたことだろう。この月山の雲の峰の雄雄しさを中七の「月山をひと抱へ」の措辞で言い表す事に成功している。雲の峰は月山の上に高く盛り上がっており、月山の右左にも雲の峰が立ち上がっている様子が髣髴としてくる。 

おしやべりな臓器に問うてかき氷源敏

 作者は多少胃や腸が弱く何らかの持病をかかえているのかもしれない。これらの臓器を「おしゃべりな臓器」と言ってのけた俳諧味のあふれた句である。「冷たいかき氷を今から食べるけど大丈夫かい?」と己の臓器に問いかけているのである。こんな楽しい生活を送っていると、日常のあらゆるものがいきいきと話しかけてくれるのかもしれない。 

駒鳥の声一斉に高野山藤原弘

 駒鳥は標高の高い山に生息するので、この句から高野山の高さと森の深さを推測する事ができる。また「一斉に」の措辞で繁殖期の鳴き声であることが想像できる。
 丁寧な言葉の選択に挑戦している作者の気持ちが伝わってきた。

花うこん門中墓の背に光る上原求道

 うこんは、黄色い色素であるクルクミンを主成分とする根茎のことで、ミネラルや食物繊維などを豊富に含んでいる。カレーに使われるスパイスのターメリックとしても知られており、沖縄が国内最大の生産地である。16世紀頃にうこんが中国から琉球王国に伝わったといわれている。
 又、沖縄では「門中墓」と呼ばれる家のように大きなお墓があり、この墓の前で一族が集まりお墓参りをする年中行事の「清明祭(シーミー)」が行われる。まるでピクニックのように、お墓を囲んで一族が会食をするのである。
 掲句は沖縄独特の門中墓の背景に花うこんの畑が広がっている風景である。花うこんは白色や紅色があるが緑の艶やかな葉の中から咲きのぼる。畑一面に輝きを放つ花うこんを、作者は「光る」の措辞で言い当てている。沖縄の広大なうこん畑の景色を余すことなく詠っている。