「耕人集」 12月号 感想 髙井美智子
抱一の風吹いてくる草の花弾塚直子
草の花が風に吹かれている様子を写生し、作者は酒井抱一の屏風絵を連想したようである。
酒井抱一は、江戸時代後期の絵師で俳人でもある。特に「夏秋草(なつあきくさ)図屏風」は、彼の最高傑作とされており、秋草が柔らかい風に吹かれている寂寥感にあふれた屏風絵である。
上五から中七にかけて省略の利いた「抱一の風吹いてくる」の表現が見事であり、江戸時代から現在への時の流れもそこはかと無く感じさせられる。
走り書き添へ里からの今年米山本由芙子
故里からの荷を開けると今年米に走り書きの手紙が添えられていた。「走り書き」の措辞により、重い荷造りだけでも大変なことがわかる。手紙を添えた送り主の愛情も一緒に送られてきたようだ。メールや電話で近況を即時に伝えられる便利な世の中になってきたが、手書きの便りは特別な親しみを感じるものである。里からの荷物を開けた作者の喜びが伝わってくる一句である。
みちのくの地図になき山秋高し小田切祥子
「みちのく」の措辞は平安時代まで「陸奥」と表記し「みちのく」とも呼ばれていた古称であり、美しい言葉である。今の福島・宮城・岩手・青森の四県にほぼ相当する地域で山々が連なっている。登山道もない山もあり、山頂への地図の道は途切れていたりもする。
下五の「秋高し」の季語により、地図になき山の聳え立つ景を髣髴とさせられる。
入り日差す厨に吊るす唐辛子中谷恵美子
唐辛子の一束を厨に吊るすと、煮物料理の下準備が整った気分になりほっとする。また真っ赤に照り輝く唐辛子に厨は生き生きとしてくる。料理作りで忙しい中でも、入り日が差し込み唐辛子が一層輝いているのにふと目を留めた作者の遊び心が見えてくる。
見送りを駅まで望の月明り小林経子
なんと心地よい別れの俳句であろうか。玄関まで見送ると今まさに名月が出ており、「月がきれいだから見送って行くわよ」と切り出し、話も弾みとうとう駅まで見送ったのであろうか。別れがたい人への心の籠もった見送りである。
芋煮会人埋め尽くす馬見ヶ崎川結城光吉
山形市内を流れる馬見ヶ崎(まみがさき)川の河川敷で、秋には「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催される。この川の河川敷では隙間なくシートを敷き場所取りをする。まるで上野公園の花見客の場所取りを思わせる。芋煮会のグループは会社関係や学校のクラスなど様々であり、河川敷を埋め尽くすのである。掲句は山形の人々が全国一の芋煮会を誇りに思っていることが窺える。何年か前に山形を訪ねた時、小学四年生の男の子がこの川の名称の謂れを誇らしく説明してくれた。「蔵王の嶺が馬の背のように美しく、それを見渡せる川である事からこの名称がある」と。
芋煮会は雪に閉ざされる前に行われる人々の大切な交流の場でもある。掲句は山形在住の作者が芋煮会の賑わいの喜びを見事に詠いあげた句である。
脇役の女優快演レモン切る鈴木さつき
下五の「レモン切る」の措辞から家に居る景であろう。快演とはテレビに流れる演技であると思われが、テレビを省略しているので非日常的な夢のある句となった。上五からの「脇役の女優」のフレーズで、この句に引きつけられてしまった。脇役の女優が快演すると名演技者という宝物を発見した気分になる。
「レモン切る」の意外な表現が女優の演技内容をいろいろと想像させる。対照的な二物の取合せが読み手の想像力を掻き立てる効果を発揮している二物衝撃の俳句である。
獺祭忌月の光が座敷まで三間敬子
獺祭忌は正岡子規の忌日であるが、「獺祭書屋俳話」で俳論を発表したことから、子規が獺祭書屋主人の雅号を称していたことにちなむ。
掲句から子規の臨終時には座敷まで名月の光が差し込んでいたのかもしれないと想像を巡らせた。
子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
の句も連想され、広がりのある句となった。
鵙高音天より母の喝のごと山下善久
母を偲ぶ句としては、大胆で類想から脱している。鵙高音は山等で天を衝くように続けざまに鳴く。「天より母の喝のごと」の措辞から男勝りで芯のあるお母さんであったことが窺える。少し弱気になっていた作者を天から「喝」を飛ばして励ましているお母さん。亡くなっても母親は心のどこかに棲みついていて、力の源になっているのかもしれない。
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