「耕人集」 2月号 感想 高井美智子
あの中のひとつは母か枯木星小林美智子
寒い夜空の冴えきった星を眺めていると、おかあさんの懐かしい思い出がつぎつぎに蘇ってきたようである。枯木星の中でも一段と輝く星を見つけ、温かい思い出ばかりのお母さんの星であるように思えた作者である。天に召されたお母さんが星となり、作者を見守っているようである。
初時雨鬢付け匂ふ博多の夜高橋栄
鬢付けは力士の髷を結うために使用したり、歌舞伎役者や芸妓さんがおしろいの下地として塗っていたりする。下五に「博多の夜」の措辞を据えたことにより、博多芸者ではないかと想像が膨らんでくる。博多芸者は昭和29年の京マチ子主演『馬賊芸者』の映画でも知られている。また、昭和の中頃には鬢付けでしっかり髪を纏めた和服姿の貴婦人が歌舞伎座をくぐっている光景を目にしたものだ。
作者は鬢付けの匂いが記憶の中に残っており、博多の夜の街で敏感に感じ取ったようである。素材が大胆であり且つ類想のない句である。初時雨の季語が響き合い、博多の哀愁まで感じとれる。
ストーブのするめ分け合ふ待合所守本美智子
まるで昭和の頃の「北の国から」の映画を思わせる光景である。ストーブの火が赤々と燃えている連絡船の待合所なのであろうか。ストーブを囲み、徐にするめを焼きだすと、香りが待合室に充満してきた。するめを分け合い囓っていると、知らぬもの同士でもすぐに打ち解けて話も弾んできたようだ。ほのぼのとした暖かい空間をするめの措辞を生かして上手く詠み込んでいる。
二つ買ふ鯛焼分かつ人なくて大胡芳子
かつて作者はいつも鯛焼きを同居の人の分と合わせて2つ買っていたようで、その習慣が今も残っているようだ。さてこの大きな鯛焼き2つをどうしようかと考えてしまった。分かつ人もいないのに。なんの飾りもなく素直な表現で、鯛焼という生活感のある季語を用いこんなにも切ない句が生まれたのである。鯛焼を買うことにより一人であることをあらためて認識した作者であり、胸に迫ってくるものがある。
大根引く穴に夕日の飛び込めり石橋紀美子
広い畑の大根を引き抜いているといつの間にか日が傾きはじめた。暮れ際の速さに抜き方にも力が入ってきたようだ。すぽっと引き抜いた穴に夕日が差し込んできた一瞬を、見逃さずに感じ取った作者の洞察力が下五の「飛び込めり」の表現を生みだした。畑仕事をしている臨場感に満ち溢れた句となった。
夕闇に蓮の実飛んでけふは過去河村綾子
実際に蓮の実が飛んでいる瞬間を見ることができるのは稀である。蓮の実が池に落ちた夕暮の瞬間を作者はしっかりと聞きとめた。この時、これが一日の終りで、それは即ち過去なのだと哲学的な思考方法に陥った作者である。通常は一日の暮れ時に今日は既に過去になったなどと意識せずに忙しい現実に振り回されている。時折はこのように時の流れを止めて感じ取るのも面白い。作者独自の思考を冷静に写生した希有な作品であり、句作に挑戦している作者の意気込みが感じとれる。
登高や沖に底引き網漁船小川爾美子
海の見える高台に登り、沖へと進む底引き網漁船の雄大な景を詠った句である。底引き網のブイが光っている沖へ真っ白な底引き網漁船が向かっており今にも漁が始まろうとしているのだろうか。高台からの眺めはさぞかし壮観であったことだろう。
夜神楽や須佐之男面に湯気の立つ大多喜まさみ
夜神楽とは、里ごとに氏神様を神楽宿と呼ばれる頭屋の民家等にお招きし、 夜を徹して33番の神楽を一晩かけて奉納する昔からの神事である。日本各地で夜神楽の舞は今も継承されている。
日本神話の一つである八岐大蛇(やまたのおろち)退治は、神楽の演目の中で最も見せ場である。お酒を飲み干した大蛇を退治する須佐之男命の舞は荒々しく、大蛇も舞台をはみ出すほど荒れ狂うので迫力があったことであろう。この須佐之男命の舞を「面に湯気の立つ」の表現で見事に言い当てている。「夜神楽」と「湯気の立つ」の2つの季語が使用されているが違和感を感じさせない句である。
着ぶくれて話のはづむ路地ぐらし竹越登志
路地は子ども達の遊び場ばかりでなく、ご近所同士のお付合いの場でもある。「着ぶくれて」買い物に行った帰りなど、ついつい話が弾むようだ。たわいもない話がつぎつぎと繋がって行く。路地ぐらしは開放的でどこか安心感がある。
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