「耕人集」 3月号 感想 高井美智子
冬うらら絵馬は他国語受け入れて飯田畦歩
新型コロナウイルスの感染流行を防ぐための入国規制も徐々に解かれ、外国からの観光客も増えつつあるこの頃である。
他国語で書かれている絵馬とはどんな願い事なのか、どんな言語なのかと興味がわいてくる。下五の「受け入れて」の捉え方に俳諧味がある。日本の寺社は何人も受け入れる大らかさがあるようだ。
転ぶ度スケートらしくなる子供守本美智子
初めてのスケートは立つことさえ容易なことではない。何度も転ぶのをどきどきしながら見守っていると、へっぴり腰の姿勢が、「スケートらしく」なってきた。上達してゆく時間経過の様子を上手く表した句に仕上がっている。普段のなんでもない言葉を用いてその様子を詠っており、親近感を覚える句となった。子どもの成長を見守る優しいまなざしも髣髴とさせられる。
天井の龍を鳴かせに初詣小林美智子
今年の初詣は大切な願い事があるのだろうか。天井画の龍に大きな拍手を打って鳴かせようと気持ちを新たにしている。初詣にいく道すがらの作者の高揚した気持ちが伝わってくる。
「龍を鳴かせに」の他動詞の表現により、作者は天井画の龍に見守られていると愛着を感じていることが窺える。
数へ日の声改まる別れ際岡田清枝
忙しさのまっただ中の「数へ日」を、一緒に過ごした人に対しての別れ際の様子を言い得ている。通常は簡単な別れの言葉を交わすのだが、「数へ日」となると妙に礼儀正しくなる。お互いに改まった言葉を交わすことにより、新年を迎えるべく心の準備を整えているのかもしれない。
熱燗を片手にはづむ国自慢北原昌子
誰しも己が生まれた国が一番だと思っている。日常の忙しい生活ではすっかり忘れているが、熱燗で心地よく酔いが回ると一気に多弁になり、国自慢が限りなく続く。
東京は日本中の国自慢が飛び交う大都会でもある。
数へ日のひと日を母に会ひにゆく日浦景子
作者のお母さんは一人暮しをされているのであろうか。正月を迎えると、作者の家には孫子が来て、てんやわんやのようである。「数へ日のひと日」にお母さんを訪ねて、買い出しも手伝うのかもしれない。「一日」ではなく「ひと日」と表したことで句全体に優しさを生みだしている。
万年橋渡り百寿の初笑池田春斗
万年橋は藤沢周平の生家のすぐ前を流れている青龍寺川に架かる橋である。藤沢周平の小説の舞台のモデルにも登場する。鶴岡にお住まいの作者の近くでもあるようだ。
この橋を百寿の方が堂々と渡っているというまことにおめでたい光景である。百寿の方の初笑はさぞかし回りを幸せにしたにちがいない。万と百の数字の語調も滑らかである。
山国を響動もす除夜の鐘の音山田月呑
山間の寺で除夜の鐘を打つと、山から打ち返すような反響音が発生する。次々に撞く鐘の音の反響音が混ざり合ってさらに膨らんでくる。この反響音は実際の鐘の音よりも大きく、山全体から反響してくる。この情景を「響動もす」の措辞で実に上手く言いあてている。鐘撞きを終えた真夜中に作者の聴覚が冴え渡り、この句が生まれたことが窺える。
島洗ふ黒潮聞きつ冬仕度山城東雄
「黒潮」は、世界最大の海流で、海水温は平均20度から30度と温かいため、サンゴ礁が発達し、沖合には多種多様な南海の生物が回遊している。沖縄諸島の島々はこの黒潮の中に位置する。
黒潮の波の音を聞きながら冬支度をしている作者は海の近くにお住まいであろうか。黒潮が島を洗っているように思えたのである。南国の開放感に溢れた雄大な景色の中に生きる人の冬仕度の様子を詠いあげた一句である。
嫁が君自由が丘の町歩く伊藤一花
自由が丘は、おしゃれな店が点在する町であり、雑誌などに店が紹介されている。ケーキ屋やレストランの情報を聞きつけて町散歩に出向く人も多い。
なんとそこに「嫁が君」が悠々と歩いているとは。例えば「走る」の措辞を使うと逃げ込んでいるように思えるが、「歩く」の措辞により、「嫁が君」が自由が丘の町を楽しんでいることが想像できる。作者のお茶目な明るい性格が推測される句である。
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