「耕人集」 11月号 感想 高井美智子
畑に獲る一番長き茄子の牛三瓶三智子
茄子の牛はお盆の期間中、仏壇の周りに飾る風習があり、茄子は歩きの遅い牛をイメージして作り、精霊牛とも言われる。作者は丹精こめて栽培した艶やかな茄子の中から「一番長き茄子」を選んでいる。
注目すべきは上五の「獲る」という漢字の採用である。作者に選ばれている時の茄子は、既に動物としての牛と見立てられているのである。作者の茶目っ気たっぷりな作句力に脱帽である。
阿檀の実割つてしやぶりぬ海の子ら玉城玉常
阿檀の実を調べてみると、スナックパインのようにちぎったら取れる実で甘い芳香のため果実はいかにも美味に見えるが、可食部は繊維質で食べづらいとのこと。阿檀の実を食べる時の豪快な様を「割つてしやぶりぬ」と言い当てている。元気な沖縄の子供達には、これも遊びの一つであるのだろう。下五の「海の子ら」と表現したことにより、海の蒼さや海岸に密集している阿檀の木の様子も連想できる。
阿檀の実は、まだ角川俳句大歳時記等には掲載されていないが、これから阿檀の実の秀句を生みだし、いつの日か採用されることを祈りたい。但し、沖縄の歳時記には季語として採用されている。
身に入むや万作の声かすれがち小林隆子
万作は人間国宝の狂言方能楽師の野村万作で、今年は文化勲章も授与されている。野村萬斎の父であり、今も父子の共演を見ることができる。92歳とは思えない万作の動きは美しいが、声がかすれているのに作者は気づき、若かりし頃の声を懐かしんでいる。「身に入むや」の季語の採用により、抗うことのできない老いを目の当たりにした作者の気持ちを推し量ることができる。
法師蟬一途に鳴きて飛び立ちぬ安奈朝
法師蟬が鳴き出すと一気に秋の侘しさが訪れる。その鳴き方を命のかぎり「一途に鳴きて」と感じとった作者である。鳴き尽くして飛び立った後の物寂しい空気感も伝わってくる。
白南風や湾に揺蕩ふたらひ舟瀬崎こまち
梅雨が明ける頃の南風を白南風というが、明るく晴れやかな気分を感じさせられる。
佐渡島小木海岸のたらい舟は主に沿岸漁業用に使用され、観光にも利用されている。享和2年の佐渡小木地震によって無数の岩礁と小さな入り江が誕生した。岩礁や入り江が多くなった海岸では、従来の舟では漁に適さなくなり小回りのきくたらい舟が考案された。
梅雨が明けてやっと櫂一本で操舵可能なたらい舟が出せる状況となり、白南風にゆったりと「揺蕩ふ」っている。気候に逆らえないたらい舟の特徴を良く捉えている。
帰省子に腹ばふ縁側ありにけり鳥羽サチイ
この縁側は家の中で一番涼しく風の通るところであるようだ。帰省子が子供の頃は、この縁側で読書に耽ったり、昼寝をしていたようだ。帰省子にとって、この家は思い出のつまった最も落ち着けるところであり、昔のままに残されているこの縁側が寛げるのである。
定年や角の取れたる花桔梗藤原弘
定年を迎えた複雑な心境の作者にとって、周りの景色や草花はいつもと違ってみえる。蕾の桔梗がいつ開くのかを観察していた作者であるが、蕾の尖った角はだんだんに膨らみ、花が開くと嘘のように角が取れてしまった。
働くと言う事はきりきりと神経を尖らせることでもあり、桔梗の蕾の角に自分を見るようであったのかもしれない。しかし定年となり、心の尖りも消えゆくようである。
風さやか盤水句碑の南谷結城光吉
羽黒山の奥に位置する南谷は、寺院があったが江戸中期以降は、ほとんど足を踏み入れることがなく、今残っているのは、最後にあった玄陽院の一部の礎石だけとなっている。
この南谷に皆川盤水の句碑〈月山に速力のある雲の峰〉が建立されている。芭蕉が出羽三山を訪れた際、逗留した地でもあり、芭蕉の句碑〈有難や雪をかをらす南谷〉は苔がむし年月を感じさせられる。
作者は奥深く坂道を登り、皆川盤水を偲んでいる。木々に囲まれた南谷は上五の「風さやか」のみで表現し、盤水の潔い句を髣髴とさせられる。
野分後天窓塞ぐけやきの葉丸山きみ子
普段はひかりの降りそそぐ天窓であるが、野分後は想定外のけやきの葉で覆われてしまった。このけやきは近くの公園や並木道から運ばれてきたようだ。過ぎ去った野分の凄まじさがおのずと想像できる。身近な生活の実体験を見逃さず、詠った傑作である。
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