はいかい漫遊漫歩     松谷富彦

(180)季語「白魚」の落し穴

 コロナ禍で密になるのを自粛中の春耕同人句会ネット句会で兼題への気になる投句が並んだので書く。

 いずれも季語「白魚」(しらうお)=キュウリウオ目シラウオ科=の兼題に対して、季語ではないスズキ目ハゼ科の白魚(素魚 しろうお)、異季語の白子(しらす=イカナゴ、ウナギ、イワシ、アユ、ニシンなどの稚魚の総称)との混同が明らかな誤詠句と言える。

 シラウオ科のシラウオは体長7~10㌢、ハゼ科のシロウオは同3~5㌢と大きさが違う.。 “踊り食い ”で知られるのは、後者のハゼ科のシロウオ。

  問題の投句を上げる。

① 目つむりてなほ白魚ののみこめず

② 白魚を啜れば一瞬こそばゆし

③ 白魚に詫びつ一気に飲み下す

④ 目つぶりて白魚すするご接待

⑤ 白魚をするすると呑み眼のうつろ

⑥ 白魚の躍り食ひとていとほしむ

⑦ 白魚の命が跳ねる箸の先

⑧ 白魚をふりかけにほふ夕ご飯

 

 ①②③④⑤の句。8㌢前後もある兼題の季語の白魚(しらうお)だったら、目をつむろうと開こうと一息に呑むのは客観的にも無理な話。啜り、喉越しを楽しむのは、体長3~5㌢の非季語の白魚(しろうお)。

  ⑥の句の“踊り食ひ ”は、前述のように兼題の季語の「しらうお」(シラウオ科)とは別種魚「しろうお」(ハゼ科)。

  ⑦の句。ハゼ科の3~5㌢の白魚(しろうお)を詠んだ句なら写生句として立派に成立するが、季語「白魚」には、含まれていない。有季定型の結社同人句会での無季句の投句は、問題ありではないだろうか。そもそもシラウオ科の白魚(しらうお)は、水揚げすると直ぐに死んでしまうデリケートな魚で、箸の先で跳ねる話は聞いたことがない。「しろうお」なら跳ねるかも知れないが。

  ⑧の句。夕餉の白飯に詠者が振りかけたのは、スズキ目イカナゴ科の玉筋魚、鮊子(いかなご)の“くぎ煮 ”か釜揚げまたは干し白子(しらす)。この句の場合は、しろうおの混同と思われる。

  繰り返しになるが、季語「白魚」は同じ白魚と表記し、「しらうお」と読めば季語、「しろうお」と読めば非季語で魚種違いになる混同しやすくややこしい季語だ。同じ春の季語「白子干」(しらすぼし)。主にまいわし、かたくちいわし、しろうお、あゆなどの稚魚を茹でて塩干ししたものだが、⑧の句は、兼題が「白子干」なら〈 白子干ふりかけにほふ夕ご飯 〉で問題なしだが。

  俳聖芭蕉の名句の一つ〈 明ぼのやしら魚白きこと一寸 〉は、桑名(三重県)での詠句。下五の「一寸」は約3センチ。小ぶりの「しらうお?」、実は「しろうお?」だったのか、探索は俳句探偵にお任せする。

 

(181)季語の「飛魚」が飛ぶわけ   

 船旅や海上遊覧などの折、海面から跳び上がり、胸びれを広げて滑空する飛魚(別名:あご、とびを、つばめ魚)を目撃した経験者は多いはずだ。「飛魚が海上を飛ばなかったら、飛魚じゃない。それがどうした?」と言われればそれまでだが、鯔(ぼら)など海面(水面)高く跳ね上がる海魚、川魚はいても、空中をある時間飛び続ける魚は、現在知られている限り飛魚だけ。

 その飛行テクニックだが、水面すれすれを加速して泳ぐことからスタート。フルスピードに達すると体を浮かし、発達した胸びれを左右に広げて水上滑走、頃合いを図り、尾びれと腹びれ(尻びれ)で水を強く蹴って空中へ。

 胸びれを翼にして海面上を滑空する距離は、80メートル~200メートル、飛行時間は10秒~20秒、速度は秒速8メートル~20メートルという。なぜ泳ぐのが本業の魚がグライダーの真似をするのか。「鮪や鯱など敵から身を守るため」とは研究者の推測。それと遊弋中のお遊びで飛ぶこともあるらしい。

 翼になる胸びれ以外にも、飛魚は飛翔に適した魚体をしている。内臓が食道から排泄孔まで一直線になっていて、胃袋部分がなく腸も極端に短い作り。「摂食した餌を素早く処理し、排泄。緊急時の飛ぶ邪魔にならないように身を軽くしておくため」らしい。以上、数字データは『新新新雑学事典』(毎日新聞社編 昭和57年版)から引用。

 

  朝焼の波飛魚をはなちけり山口草堂

  飛魚の翼はりつめ飛びにけ清崎敏郎

  二人乗るあらくれ漢(をとこ)飛魚舟藤後左右

  飛魚の飛びし長さの青海波斎藤夏風

  飛魚の翼の光波を切る高浜年尾

  飛魚(あご)とんで玄海の紺したたらす片山由美子

  飛魚の波の穂を追ひ穂に落ちぬ原柯城

  飛魚の水中すでに風つかむ岩崎法水

  とび魚のおのれしたたらせて消ゆる西沢順一

  飛魚や海に散りたる特攻機岩田美知江