コラム「はいかい漫遊漫歩」         松谷富彦

(202)男性も“座りション派 ”が増えてます 

 日活のキャッチコピーを借りるなら〈 夭折の天才・川島雄三が描く、日本映画至宝の痛快エンターテインメント!〉「幕末太陽伝」(1957年日活制作 川島雄三監督作品)は、古典落語の一つ「居残り佐平次」の主人公を狂言回しに若き日の高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤俊輔(後の博文)、志道聞多(後の井上薫)ら幕末から明治維新を駆け抜けて行った若者たちの底抜け青春ドラマ。

 主役の佐平次(フランキー堺)が高杉(石原裕次郎)、志道(二谷英明)らと品川の遊廓「相模屋」の男便所で肩を並べて勢いよく放尿のシーン。そう、男はみんな有史以来、小便は立ってしてきた。ところが近ごろ大便所に入って小用を足す男性が増えているのをご存知?

  調査会社の(株)バルクが2013年9月に20代から60代の各100余人、合計523人の男性に行ったアンケート調査では、小便を「座ってすることが多い」と答えた「座りション派」が30.4%。30代が37.7%、20代だと43.7%と年代が下がるほど「座りション派」が増える。 

  パナソニックの「トイレスタイルの実態調査」でも2004年調査で男性の「座りション派」が30%だったのが、2015年調査では51%と「立ちション派」を追い越した。「座って用を足す理由」のトップは「立ってすると、便器・床が汚れやすいから」87%。家庭の水洗便所の普及と便器の構造が立小便をしない世代を増やしたことが伺える。

  パナソニックの2020年の調査によると、男性の「座りション派」が69.1%と5年間で20%近くも増加。内訳を見ると「以前から座りション(座りションネイティブ)」58.1%、「(近ごろ)座りションに」11.0%。

  ライオンの2021年の20代から60代を対象の「男性の小用スタイルに関する実態調査」でも「座りション派」が60.9%に達している。調査対象外の10代では、立小便をしない男子は半数を超えている可能性もあるという。

  各社の実態調査の分析から、新型コロナによる在宅時間の増加で小用、大便共用便器の使用頻度が高くなり、立ちションによる「飛び跳ね」汚染の忌避が「座りション」への切り替えを後押ししていることが明らかになった。

  家庭の水洗便所の普及と便器の構造、コロナ禍が立小便をしない世代を増やし、公共の便所から男性用立小便器の消える日が来るかも知れない。

ふるさとの春暁にある厠かな中村草田男

葱坊主見下し長き尿せり大野林火

朗々のわが尿褒めて百千鳥藤田湘子

咳暑し茅舎小便又漏らす川端茅舎

しとしては水足す秋のからだかな矢島渚男

小便の数もつもるや夜の雪安原貞室

僧もする冬木の中の連小便河野静雲

 

(203)立ち尿(ゆま)る老女の如く恋こがる  山崎愛子

 『金子兜太の俳句入門』の中で著者は、〈年老いた女性が立ったまま小用をたしているのですが、自分の男を恋う気持ちも、あのあけすけな姿に似ていると思うのです。〉と上の掲句を鑑賞し、〈 二つの動詞の「る」止めの強さが格調を加えて、句に卑猥な感じが残らない 〉と評する。立ち尿=立ち小便は、筆者が戦中に疎開した農村では、農作業中の農婦が田畑の端でお尻を突き出して用を足すのは、日常風景だった。太宰治の代表作『斜陽』でも、似たシーンが出て来る。

 〈 …私はお母さまと二人でお池の端のあづまやで、お月見をして、…笑ひながら話合ってゐるうちに、お母さまは、つとお立ちになって、…傍の萩のしげみの奥へおはひりになり、それから、萩の白い花のあひだから、…「かず子や、お母さまがいま何をなさってゐるか、あててごらん。」とおっしゃった。「お花を折っていらっしゃる。」と申し上げたら、小さい声を挙げてお笑ひになり、「おしっこよ。」とおっしゃった。ちっともしゃがんでいらっしゃらないのには驚いたが、…私などにはとても真似られない、しんから可愛らしい感じがあった。〉ルイ王朝期の貴婦人たちもトイレのないベルサイユ宮殿では、廊下の隅や庭園の物陰でお尻を突き出し、優雅に用を足していた。

  作家の尾崎一雄は、早大国文科3年のとき、2年後輩の丹羽文雄と戸山ヶ原を散歩中、〈 丹羽が小川に向かって立小便をすると、折柄の春風で、それがなびいた。そこで一句できた、と丹羽が口ずさんだのがこの句…〉(「風報」昭和35年5月号)と〈 春風やおれのしょんべん曲りけり〉を披露。ともに文化勲章作家となった丹羽の〈一世一代、唯一の俳句〉と言う。

佐保姫の春立ちながら尿をして山崎宗鑑

立ち尿る農婦が育て麥青し佐藤鬼房

女立たせてゆまるや赤き旱星西東三鬼

枯るる貧しき厠に妻の尿きこゆ森澄雄

持ち帰るかすかな尿意花衣松波美恵

吾子尿る庭の落花の浮ぶまで香西照雄